“罵詈雑言”セリフをどう訳す? あえて“ゲイ”という言葉を使わなかったワケ
――今回、高内さんが字幕を担当された『フォーリング 50年間の想い出』はヴィゴ・モーテンセンが自身の経験を取り入れつつ、父と息子の関係を現代と過去に分けて描いています。本作の字幕制作において、大変だった部分や工夫されたところなどを教えてください。
この映画はとても美しい作品ではあるんですが、主人公の父親・ウィリスの言葉遣いが汚くて(苦笑)、罵詈雑言が非常に多くて、訳していく中でネタ切れになりかけましたね…。英語って罵詈雑言のバリエーションがものすごく豊かなんですけど、日本語はそこまででもないんですね。厳密に言えば、もう少しいろんな表現ができなくはないんですが、字幕にしてしまうと読みづらかったり、あまりにも下品になってしまったりということもあって…。
とはいえ、主人公をはじめ周りの人たちが毎回、お父さんの言葉に凍り付くので、それなりにインパクトのある言葉にしなくてはいけなくて、その兼ね合いは難しかったですね。
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ヴィゴが演じた主人公のジョンはゲイですが、このお父さんは「ゲイ」という言葉を使うようなタイプの人ではないので「ホモ」とか「オカマ」とか、本来であれば避けるような攻撃的な言葉が合うんですよね。とはいえ、これらの言葉を字幕で使うべきか…? という思いもあって、制作会社にも相談し、配給会社の判断に委ねましょうということになったんですが、結局は原語のセリフを尊重して、そのまま汚い言葉を使うことになりました。
それ以外では、家族関係が複雑な作品ではあるので、関係性を説明するセリフに関して、観客の方がわかりづらくないようにと苦心しましたね。
あとは、3世代の物語なので、例えばウィリスが若い頃、1950~60年代に登場する妻・グウェンのセリフではいわゆる“女性言葉”を使っていますが、現代のパートの孫世代のセリフは「おじいちゃん、○○だよ」という感じで、無理に女性言葉を使わずに訳しています。
罵詈雑言が多かったのは事実なんですけど(笑)、脚本自体がとても美しくて、それを素晴らしい俳優たちが演じて、心情がこもっていたので、そんなにこちらでひねって何か特別なことをしようというのはなく、そのまま素直に日本語にすれば、良い字幕ができるかなという思いはあり、そこまで苦労なくできたと思います。
社会の変化と共に変わっていく字幕翻訳 時代背景や文脈を踏まえてあえて女性言葉使う場合も
――女性言葉についての話が出ましたが、高内さんが担当された映画『キャプテン・マーベル』の字幕で、女性登場人物のセリフに女性言葉がほとんど使われていないことが大きな話題になりました。社会の変化によって、女性の言葉の訳し方は変わってきているのでしょうか?
私自身、この仕事を始める前から「字幕って女性言葉が多いな」というのは感じてはいました。翻訳を始めてからも女性言葉を多用するということはなかったんですが、とはいえそういう文化圏の中にいることで、習慣といいますか、あまり考えずに使っていた部分はありましたね。
ただ、やはりここ何年かですかね? 字幕翻訳の世界で、というよりも社会的にそういう機運が高まってきたこともあり、自分の中でも違和感が強くなって(女性言葉を)減らすようになってきたとは思います。
『キャプテン・マーベル』で言うと、主人公について考えた時、この人が日本語話者だったとしたら? と想定したら、ああいう言葉遣いが自然だったので、決して苦労して、意識的に女性言葉を減らしたというわけではないんです。
今回の『フォーリング 50年間の想い出』もそうですけど、昔の時代設定であったり、保守的な社会が舞台の作品であれば、それは変わりますし、実際、私の母の世代であれば友人と話す時も「○○よね?」といった言葉遣いは自然にすると思うので、そこは大切にしたいですし、「女性言葉は絶対に使わない!」と思っているわけではないです。
作品やキャラクター、文脈によっては、女性言葉が話者の皮肉や何らかの意図を表すものになったりもするので、あえて使うという場合もあります。
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――今回の『フォーリング 50年間の想い出』の主人公はゲイですが、LGBTQの登場人物の日本語字幕は、本人の性自認や話し方次第で、口調やニュアンスを変えたりするのでしょうか?
NETFLIXの「クィア・アイ」などでもいろんな人が出てきますよね。例えばあの作品に出ているジョナサンは自分を“ノンバイナリー(※男性・女性の性別二元論にのっとったいずれかの性別を自認しない人)”で、自分の性別が揺れていると言っていて、服もときどきすごくフェミニンな場合もありますよね。
LGBTQに限らず、女性でも友達同士だとすごくくだけた調子になることもあるし、男性だって場合によって「俺」と言ったり「僕」となったりしますよね。それと同じで、LGBTQの方に関しても、そんなにきっちりと決めなくてもいいのかなと思っています。
トランスジェンダー(※出生時に割り当てられた性とは別のジェンダーを自認する人)ではないゲイの男性でも状況によって口調を使い分ける方もいますし、時にかわいらしさを表現しているようなシーンであれば、柔らかい訳し方にしたりということはあると思います。
男性の「俺」とか「僕」といった表記も、ディレクターによっては統一しようとする方もいますし、あまりに登場人物が多い場合など、キャラ付けが必要になってくることもありますが、とはいえ無理に統一しなくてもいいとは思いますね。繊細に、その時のニュアンスを大切にしていけばいいのかなと思っています。
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――最後になりますが、字幕翻訳者や映画業界での仕事を志している人に向けて、アドバイスやメッセージをいただければと思います。
そうですね…私自身が、たまたまというか、“流れ”でここまで来てしまったので、そんなにたいそうなことは言えないんですが(苦笑)、(進路が決まらなかったりで)いろいろ思い悩んだりしていたこと、ウジウジしながらも見たり、触れたりしたもの、家族や友人たちとの会話、過去の経験が全て今の仕事の糧になっていると思います。
私の場合、あまりにもやりたいことや興味がとっ散らかっていたんですが、たまたまこの仕事に出会って、飽きずにここまで続けてこれたのでラッキーだったなと思うんです。
ですので、後々、何が役に立つのかわかりませんし、私が最初は美術や出版業界に入りたいと思いながらこっちに来たように、いま、映画や字幕制作の仕事をしたいと思っている人でも、すぐ近くにもっと面白いものや、向いている仕事があるかもしれません。ひとつひとつの縁を大切に、何にでも興味を持って、面白がってみるのが大事なことなのかなと思います。
※一部引用元:イラストで学ぶジェンダーのはなし みんなと自分を理解するためのガイドブック/フィルムアート社