シネマカフェがおすすめするサントラ入門盤紹介。第5回目の今回は、“芸術の秋”の訪れを感じる日々におすすめしたい、どっぷりと映画と音楽の世界に浸れる3枚をご紹介。■『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』“ベルセバ”こと「ベル&セバスチャン」のフロントマンとして活躍するスチュアード・マードックが初の脚本・監督デビューを果たした本作は、もともとスチュアートが2009年にソロプロジェクトとして発表した同名アルバムをもとに、映画として語り直したもの。少女“イブ”を主人公に、ミュージカル映画としてポップな楽曲が全編を彩っている。これまでにもさまざまなミュージカル映画のサウンドトラックをご紹介したけれど、本作はもともとはひとつのアルバム作品として発表されている楽曲ばかりで構成されているということもあり、楽曲それぞれがストーリーを語りながらも、それぞれに独立した魅力を放っている。それになにより、スチュアートの書く楽曲はまったくぶれることなく、スウィングするリズムに豊穣なハーモニー、そしてメランコリックに響くメロディには終始うっとりさせれらる。劇中で結成されるポップグループが鳴らすサウンドは、どれもどこか懐かしくて、胸を躍らせるようなものばかり。それは、この映画の最後にジェームズが言う“この夏は僕の最高傑作だ”という言葉のように、いつか過ごした夏に思いを馳せ、当時の胸の高鳴りを気恥ずかしさと切なさが混ざり合ったような感覚と共に思い出すような、そんな気持ちにさせられる音楽ばかりだ。この夏に過ごした時間を思い出しながら、少しずつ訪れる秋を感じるためのサウンドトラックとしてぜひ手にとってほしい一枚。■『ラブ&マーシー』「ザ・ビーチ・ボーイズ」のメインソングライターとして、数多くの名曲を世に送り出したブライアン・ウィルソンの生涯を描く本作。もちろんサウンドトラックには「ザ・ビーチ・ボーイズ」の豊かなサウンドやハーモニーが堪能できる楽曲の数々が収録され、インストゥルメンタルパートはアッティカス・ロスの楽曲が並んでいる。アッティカス・ロスといえば、フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグを描いたデヴィッド・フィンチャー監督作『ソーシャル・ネットワーク』の音楽を「ナイン・インチ・ネイルズ」のトレント・レズナーと共同で手掛けアカデミー賞を受賞したほか、同じくデヴィッド・フィンチャー監督作『ゴーン・ガール』や『ドラゴン・タトゥーの女』の音楽を手掛け、どちらかといえばシリアスでミステリアスな作風が特徴。爽やかな「ザ・ビーチ・ボーイズ」を描く映画に、なぜアッティカス・ロスが? と鑑賞前は思ってしまうかもしれないけれど、本編で描かれるブライアンをすっぽりと包む孤独や彼の心の闇には、アッティカス・ロスの緊迫感のあるトラックとてもマッチし、物語に情感を与えている。多くの幻聴に悩まされていたブライアンが、実際に聞いていたであろう“音”を想像して制作されたという楽曲の数々は、サンプリングされた「ザ・ビーチ・ボーイズ」のさまざまな楽曲の断片を再び再構成するというかなり実験的な内容。そこにアッティカス・ロスならではの空間を包み込むようなメランコリックな空気が加わり、「ザ・ビーチ・ボーイズ」の楽曲と並べられた本作の中でも聞き応えのあるものばかり。とはいえ、まずなによりブライアンの楽曲はどれもすばらしく、本作をきっかけに「ザ・ビーチ・ボーイズ」のアルバム(特に本編で制作される「ペット・サウンズ」をぜひ)や彼のソロ作に手を伸ばすことを強くおすすめする。壮絶な日々が描かれた物語のラスト、ブライアンとメリンダが見つめあう中で流れる「素敵じゃないか」に涙したひとも少なくないのではないだろうか。■『フリーダ・カーロの遺品 ―石内都、織るように』佐野洋子の名作絵本『100万回生きたねこ』のドキュメンタリー作品『ドキュメンタリー 100万回生きたねこ』で注目を集めた小谷忠典監督の新作として公開された本作。前作ではコーネリアスが音楽を担当していたが、本作ではギタリストの磯端伸一がサウンドトラックを手掛けている。ギターという表現の境界をすり抜けるように、美しくミステリアスで透明感のある磯端伸一のサウンドは、夏の終わりに振る雨のようにひんやりと、スピーカーから空気の中に溶け込んでいく。繊細なメロディが流れはじめたかと思えば、思わぬ方向へとハーモニーが展開していく静謐なギターの音色と、薬子尚代が弾く瑞々しいピアノが絡み合う本作は、長雨の続く秋に室内でゆったりと過ごすのに最適な一枚としてぜひおすすめしたい。