1950年代のロンドンを舞台に、オートクチュールの仕立て屋であるレイノルズと、ウェイトレスにして彼のミューズとなるアルマとの唯一無二の愛を描く本作。顧客である上流階級の人々の絢爛豪華な暮らしぶりが、ドレス制作を通して垣間見られるのも魅力だ。衣装は本作の極めて重要なポイントのひとつであるため、衣装デザインのチームが当時のファッションを徹底的に研究。「ヴォーグ」や「ハーパーズ バザー」などファッション誌のバックナンバーやニュース映像、ヴィンテージアイテム、さらにはロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に保管されているクリストバル・バレンシアガやハーディ・エイミスらのドレスを実際に見て、本作のためだけに生み出された。
もちろん、ポール・トーマス・アンダーソン監督とダニエル・デイ=ルイスという現代映画界最強のタッグも見逃せない。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来、2度目の顔合わせではあるものの、前作からガラリと作風を変えた監督。その要望に応え、エレガンスの極みともいえる映像世界の中で、変幻自在の名優により、アルマというミューズを得て徐々に人間味を増していくレイノルズは見もの。欲望に忠実なアルマとともに、決して他人には理解できないような二人だけの愛の世界を築いていくのだ。そんな二人の世界を包み込むのは、アンダーソンとは4本目のコラボレーションとなるジョニー・グリーンウッドの音楽。「ロマンスと暗さを示唆する音楽」という監督からのリクエストを得て、フェルトで音を抑えたピアノや弦楽器を使った20曲以上を作曲。制作途中から監督に曲を聴かせ、シーンのイメージ作りに貢献した。
映像、ファッション、音楽を巧みに融合させ、人間の美しき表層とその下に潜むむき出しの欲望という深層を見事に描き分け、ドラマティックな究極の愛の物語として融合させたポール・トーマス・アンダーソン。稀代の鬼才がたどりついた新境地に注目だ。