都心のタワーマンションの最上階のバスルームでシャワーの水を滴らせながら激しく求め合う男女。Netflixオリジナルドラマ「金魚妻」は、そんな濃厚なラブシーンで幕を開ける。
このシーンをはじめ、本作における性的な描写や激しい露出を伴うセンシティブシーンにおいて “インティマシー・コーディネーター”として、俳優陣をケアする役割を担っていたのが浅田智穂である。
アメリカでは米HBOの「The Deuce」(2017)で初めて採用され、#MeToo運動(※)の広がりもあって、俳優の安全と尊厳を守るためにとハリウッドでも広く導入されるようになったというインティマシー・コーディネーター。日本では現時点で公式に2人しか存在しないインティマシー・コーディネーターのひとりが浅田さんである。
6組の夫婦を軸に、禁断の恋に落ちていく妻たちの姿を赤裸々に描いた「金魚妻」だが、俳優たちが渾身の演技を見せている美しく激しいセンシティブな描写も見どころのひとつである。こうしたシーンの撮影の裏で、浅田さんが果たした役割とは? インティマシー・シーンという仕事の意義、今後の課題なども含め話を聞いた。
※ハリウッドの有名プロデューサーによる長年の性的虐待疑惑の報道に端を発し、それまで沈黙を守ってきた多くの被害女性たちが「#MeToo」というハッシュタグをつけて性暴力、セクシャルハラスメントの被害を告発したことで、こうした流れが世界中に拡大し、人々の連帯を生み、性犯罪に対する意識の変革、女性の地位向上を求める大きなムーブメントとなった。
「俳優と制作チームの明確なコミュニケーションと同意が得られるよう両者の連携を図る」
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――浅田さんはアメリカの大学を卒業され、エンタテインメント業界で通訳などをされてきたそうですが、どのようなきっかけでインティマシー・コーディネーターになったのでしょうか?
きっかけは昨年Netflixで配信された映画『彼女』という作品でした。Netflixがキャストやスタッフが安心して働くことができ、何よりも気持ちよく作品づくりに集中できる環境を整えたいという考えから、「インティマシー・コーディネーターをつけたい」と考えており、W主演のひとりである水原希子さんからも「インティマシー・コーディネーターを導入したい」という申し出があったとのことで、日本でインティマシー・コーディネーターを探されていたという状況でした。その時点で、日本にはまだインティマシー・コーディネーターがいなかったのですが「トレーニングを受けて、インティマシー・コーディネーターを務めてほしい」というお話をいただき、私のほうも「ぜひやりたいです」とお伝えして、オンラインで講習を受けるなどして『彼女』の現場に入らせていただきました。
――オファーが来る以前からインティマシー・コーディネーターという職業についてはご存知でしたか?
いえ、知りませんでした。いま思えば、そういう記事を目にした機会はあったと思いますが、まさか自分がなると思っていなかったのであまり意識していなかったんですね。お話をいただいて“インティマシー・コーディネーター”という言葉を聞いた時、それを初めて耳にしたかというとそうではなかったと思いますが、詳しい内容や意義について、わかっていませんでした。
――講習やトレーニングでは、具体的にどのようなことを学ばれたんでしょうか?
コロナ禍ということもあり、すべてオンラインだったのですが、まずはセクシャリティやジェンダーについて、それからどういうことをハラスメントと考えるのか? どんなことがトラウマとなってしまうか? といったことを勉強しつつ、監督や俳優との向き合い方、脚本を読んで、そこから何を抽出し、どういったことを考えなくてはいけないか? 現場での役割、あとは実際の前貼り(※俳優が局部を隠すために使用するシール)や保護アイテムの使い方や種類について。それから、疑似セックスシーンをいかに安全な形でリアルに見せるか? といったことも勉強しました。
――TV局ですと「考査部」という部署があり、性描写や暴力シーン、セリフなどで使われる言葉や番組の内容について、指摘や指導を行ないます。基本的にコンプライアンスに沿って、番組や描写がTVで放送するのが適切か否かを考える仕事ですが、インティマシー・コーディネーターという仕事は、あくまでも俳優をサポートし、寄り添うために存在するということでよろしいでしょうか?
私たちの仕事は、俳優と制作チームの明確なコミュニケーションと同意が得られるよう両者の連携を図ることです。俳優やスタッフが安全かつ安心して撮影を行なうための仕事であり、あくまでも“コーディネーター”ですので、脚本の内容に関しては基本的には口出しはしません。
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――依頼があってから実際に撮影が行われるまでのインティマシー・コーディネーターの仕事の流れについて教えてください。
まず依頼をいただいたら、脚本をもらって読み込みます。“インティマシー・シーン”、もしくは“センシティブ・シーン”という言い方をするんですが、脚本の中から肌の露出や身体的な接触があるシーンを抜粋していきます。
その上で、脚本上のト書きではわかりづらい部分などを含め、それらのシーンでどのような演出や描写を考えているか、監督からヒアリングをします。このシーンで何を見せたいのか? もし決まっているのであれば、カメラアングルやサイズをヒアリングをして、次は俳優とその内容について確認します。「ここまではできるのか? できないのか?」「できないのであれば、どのような変更をすれば可能なのか?」といったことを伺って、撮影内容に本人の同意を得て、同意書を作成します。その後、メイク部や衣装部のスタッフと、撮影までにどのような準備が必要か、撮影当日は何をするかといったことを確認します。ここまでが基本的な撮影前の準備ですね。
撮影の当日は、前貼りを着けるお手伝いなどもします。また、センシティブ・シーンは俳優が2人以上いる――つまり相手役がいる場合が多いですが、彼らがその日「はじめまして」の場合もありますし、会ったことや共演経験はあっても、その日撮影するシーンについては話をしていないという場合もあります。ですので、撮影当日はそのシーンに関わる俳優と私とで、お互いの許容範囲をきちんと確認して、勘違いや行き違いがないようにします。
現場では、センシティブ・シーンをクローズドセットで撮りましょうという方針を取っています。クローズドセットというのは、撮影人員を必要最小限の人数に抑えて撮影をしましょうということですが、そのルールがきちんと順守されているかをプロデューサーとチェックし、確認しつつ、俳優部を側でサポートします。他部署や監督と必要なことを相談したりもします。
――インティマシー・シーン、センシティブ・シーンというのは、どのくらいの範囲を指すのでしょうか? ラブシーンはわかりやすいですが、「金魚妻」でいうと、男性がひとりでシャワーを浴びているシーンや、雨に濡れて女性の下着が透けて見えるようなシーンもあります。
一般的にはラブシーン以外でも、シャワーで全裸になっているなど、前貼りを貼らないといけないようなシーンは確実に範囲に入ります。濡れて下着が見える場合は、下着の種類やどの程度、見えるのか? という部分に関して俳優部やプロデューサーと相談していく形になります。下着に関しては、事前にどういう下着なのかということは必ず確認します。
あとはキスシーンですね。キスの時に舌は入れるのか? 口は開けるのか? といったことも大事な部分なので必ず確認します。それ以外でも、肌の露出が多い時点で、そこにセックスが絡んでいなくともセンシティブ・シーンとして私たちが入るものと考えていただければと思います。
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――男性のみのシーンであっても、インティマシー・コーディネーターが現場に入るということでしょうか?
そうですね。肌の露出ということに関しては、女性であればビキニの水着で隠れる部分、男性も水着で隠れている部分を見せる場合に「露出がある」という考え方です。逆に男性の上半身の裸に関しては、基本的にインティマシー・コーディネーターの仕事の範疇には入っていません。
――『彼女』、本作「金魚妻」に続いて、大相撲を題材にしたNetflixシリーズ作品「サンクチュアリ-聖域-」でもインティマシー・コーディネーターを務めているそうですが、これは相撲でお尻が露出するからということですか?
いえ、相撲のまわしに関しては、あくまでもスポーツのユニフォームということになるので、そちらは私の範疇外です。ただ、この作品でもインティマシー・コーディネーターが必要なシーンがありましたので、参加することになりました。