「小っちゃい頃、そこでしょっちゅうミュージカルを観てましたし、楽屋の出待ちをしたこともありました。演じる側として初めてあの舞台に立たせてもらったのは10代の頃でしたが、楽屋から舞台に通じるエレベーターに特有の“匂い”があって忘れられないんですよ。あれは何の匂いなんだろう…(笑)? その後も何度も立たせてもらってますけど、あの匂いは変わらないし、私にとっては特別な劇場ですね」。
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高畑さんが主演を務める映画『浜の朝日の嘘つきどもと』は、福島県南相馬市にある、経営が傾いた小さな映画館「朝日座」を立て直すために現れたヒロインと彼女の熱意に心を動かされていく周囲の人々の姿を描いた作品。観終わった後に、自分の心の中の思い出の映画館…いや、映画館に限らず、大切な場所や存在に思いを馳せる――そんな作品に仕上がっている。高畑さんは、どのような思いを持ってこの作品に臨んだのだろうか?
破壊されてから気づく「すごく貴重なこと」
撮影が行われたのは昨年の夏のこと。高畑さんにとっては最初の緊急事態宣言の解除後、1本目の仕事であり、コロナ禍という唐突にやってきた“非日常”の中で感じたことが、作品と強く結びついたという。
「みなさん、そうだったと思うんですけど、あの当時、明日がどうなるかわからない状況で、いままで当然だったものが急に消えたり、人間関係も急に変わっていった時期だったんですね。台本の中で個人的に好きだったセリフに『みんな、なくなるとわかってから騒ぐ』というのがあって、朝日座がなくなると決まってから、みんなあれこれ言うけど、それまで普通に(映画館が)あったときはありがたがらないんですよね。それって本当にその通りだなと思いました。ちょうど、いろんなものが破壊されていった時期で、破壊されてから騒いでいるけど、普段、普通にそれがあったことが実はすごく貴重なことだったんだなぁということを感じました」。
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本作の脚本、監督を務めたのは『百万円と苦虫女』『ロマンスドール』で知られるタナダユキ監督。コロナ禍や東日本大震災から10年を経て、いまなお復興の途上にある福島の姿など、社会や個人が抱える決して軽くはない現代進行形の課題に鋭く切り込みつつ、それを哀しみだけで染めるのではなく、笑いやユーモアをもって描き出しているのが本作の魅力といえる。
「明るい題材じゃないし、私が演じた役もすごくハードな人生を歩んでいるだけど、絶対に暗くしたくない、“かわいそう”には見せたくないというエネルギーを脚本からも強く感じました。人が死ぬシーンですら、単に悲しい“お涙ちょうだい”にしたくないっていうエネルギーは、文字から浮き出るくらいに感じました」と語る高畑さん。タナダ監督と仕事をしてみて「一度、タナダさんと仕事をした俳優さんがみなさん『またやりたい』とおっしゃるのがすごくわかりました」と目を輝かせる。