世界にたぶん何百万人、もしかするとそれ以上いるのではないかと思われる役者志望の若者たち。その中から、注目される存在になるのはごくわずかなのはご存じの通りです。容姿端麗、才能あふれる卵たちはゴロゴロいるはず。でも、その中から、ほんの一握りの者たちだけが、チャンスをつかむことができるのです。彼らにとってのチャンスとはきっと、適したときに、適した場所にいて、適した人物に見出されること。そのチャンスと巡り合うのに、時間がほとんどかからない人、長くかかる人、そして一生待ってもダメな人、それぞれです。努力をしたからといって、成功するとは限らないのがこの世界。こればかりは神のみぞ知る、ですね。ロバート・パティンソンは、チャンスをつかむのにちょっと時間がかかった人、代表。『ハリー・ポッター』シリーズで、ちょい役をやっていたのは有名です。以前もご紹介しましたが、下積みが長すぎてもう俳優をやめようと思っていたときに、『トワイライト』シリーズでやっと日の目を見たのだと話してくれました。そんな彼が主役を務める、デイビッド・クローネンバーグの新作『コズモポリス』にも、チャンスをつかんだ注目の女優が出演しています。すべてに完璧さ、バランスのとれた美しさを求める主人公が選んだ妻として登場するサラ・ガドン。この設定にも納得の美貌は、どこか現実離れしていてSFっぽくもあります。投資会社を経営する主人公のエリックは、28歳にして巨万の富を手に入れた大富豪。サラが演じる妻のエリーズは、資産家の令嬢にして詩人です。この夫婦、かなり冷えた間柄で、物語は結婚からわずか数週間後だというのに、ラブラブな雰囲気は一切なし。エリックは、成功者にありがちな過剰な自信とふてぶてしさを持っていて、女性とも遊びたい放題。そんな夫を冷ややかに見つめ、ときには辛辣な言葉で非難するエリーズですが、そこに感情はあまり感じられません。その無機質かつ、凍てついた雰囲気が、SFっぽさを思わせ、サラの左右対称な美貌とぴったり。実はエリックが、マーク・ロスコの作品を(実は作品では飽き足らず、ヒューストンにある「ロスコ・チャペル」を)所有したがるエピソードがあるのですが、もしかすると、彼にとっては妻も美術品のようなものなのかもしれません。本当は心を最も大切にしている詩人であるにもかかわらず、相手によっては彼女を自らのステイタスを強調するお飾りとしか考えない。完璧すぎる要素ゆえにそんな風に扱われてしまうのは、名家出身の美貌の令嬢ゆえの悲劇なのかもしれません。確かにアートも、社会的価値の高さゆえ、本来の存在意義を無視して闇雲に入手したがる人はいるものです。本質を見つめようとしない主人公の心を映し出す格好の素材として、サラの持つ美女ならではの影のようなものがエリーズ役には必須だったのでしょう。決して良い意味ではないものの、美術品と同等に扱われる美女。個人的な意見ではありますが、この役での出演は、これまでのサラより、いっそう印象深いように思えます。名前だけで彼女を認識できる人は、まだそう多くはないでしょう。クローネンバーグ監督と同じカナダはトロントの出身で、今年26歳。幼年期からバレエスクールで学び、10代前半から数多くのTV作品に出演してきたといいます。決して新人ではありませんが、国際的にはまだあまり認知されていない存在。最近になって、映画出演に力を入れ始めた彼女は、ジム・シェリダン監督の『ドリームハウス』ではサイコ・スリラーも経験。その他、学園ドラマ、クライム・コメディ、刑事ドラマなど、いろいろなジャンルを知るだけに、なかなか幅も広そうです。どうやら彼女のブレイクに必要なのは、適したときに、適した場所にいて、適した人物に見出されることだったようですが、クローネンバーグとの出会いにより、それも果たすことができた様子。すでにクローネンバーグの前作『危険なメソッド』や、監督の息子であるブランドンの長編初監督作品『アンチヴァイラル』(5月25日公開)にも出演ずみ。クローネンバーグ家のミューズ登場というわけです。クローネンバーグとの出会いもさることながら、はまり役と出会うことも役者には大事なこと。有名監督の作品で印象的な役を演じることは、多くの業界人の目に触れることにもなりますから、チャンスは増幅することになるからです。そういう意味では、今回彼女にとって、エリーズ役は重要な意味を持つことになるのかもしれません。今は「知らないな」と思っても、“ブレイク”というのは本当に突然やってくるもの。あれよあれよという間に主役級になるということも、ハリウッドでは珍しくありません。ピンと来たら注目しておくと、急成長ぶりがきっと楽しめるはずですよ。