A24作品初の三部作構想のホラー映画として公開前から大きな注目を集めていた『Pearl パール』。前作『X エックス』に登場した殺人鬼パールの誕生を描く前日譚となっている。
第一次大戦中の1918年、テキサスの郊外。厳格な母のもと、出征中の夫の帰りを待ちながら病気の父の世話と農場の管理に追われるパール(ミア・ゴス)。彼女にはダンサーとして成功しスターになるという夢があった。だが、抑圧的な母ルース(タンディ・ライト)は娘の自由を決して許さない。鬱屈とした日々の中、パールは「自分は特別である」との思いをますます強くしていく。
ある日、義理の妹ミッツィー(エマ・ジェンキンス=プーロ)からダンサーのオーディションがあると知らされたパール。農場を出るためにも「絶対にスターになる!」と意気込むが、彼女の夢への渇望は次第に狂気を帯びていき…。
古き良きミュージカル映画がサイコホラーに?
前作『X エックス』では1979年を舞台に、トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』を彷彿とさせるスラッシャーホラーを作り上げたタイ・ウェスト監督。一躍名を上げた『The House of the Devil』でも時代性を感じさせる小道具や音楽、構図などを用いて、80年代に作られた低予算ホラー映画かと見紛うような作品に仕上げていたが、本作でもその手腕は健在。ファーストカットからエンドロールに至るまで、50年代のミュージカル映画を思わせる作風で、身の毛もよだつサイコホラーとして完成させている。
また本作も『X エックス』同様、本編の半分以上をキャラクターの内面や置かれている状況にフォーカスし、終盤でついにタガが外れたかのような急展開を見せる。この手法も監督の得意とするところである。
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本作の場合、満たされないパールの日常が繰り返し映し出されることによって、観客もパールとともに屈折した感情を抱くことになる。そのため、ところどころに散りばめられた微かな狂気が結実するラストは妙に清々しくもあり、一方で切なく悲しい。愛を求め夢を追ったパールが最後に見つけた幸せとは何だったのか…。是非劇場で戦慄してほしい。
母娘を孤立に追いやる戦争とパンデミック
劇中、農場に燦燦と降り注ぐ陽光に反して、母娘を取り巻く環境は決して明るくない。パールの母親はドイツ系であるため、アメリカが戦争中の時代においては複雑な立場にある。戦局を伝える新聞にも「ドイツ人の死は聞きたくない」とつっぱねており、パールとの間にルーツを巡る溝があることも示唆されている。
また、スペイン風邪が猛威をふるう状況下にあることも2人の生活に暗い影を落とす。母は街へとおつかいに出かけたパールに「家に病気を持ち込まないで」と釘をさす。マスクで顔を覆った人を見て「誰だかわからない」といったシーンもあり、コロナ禍を経験した我々としても、このパンデミックにおける息苦しさには深く共感せざるを得ない。
父の病気も重なり母娘の生活は金銭的にも苦しいが、プライドの高さもあって母は誰からの援助も受け付けない。郊外の農場は人との関わりも薄く、一家を孤立させるのに十分な条件がそろっているのだ。
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そんな中でパールは、母からのまるで八つ当たりのような仕打ちから解放されたいと願う。しかしそれと同時に母から深く愛されることも望んでいる。その救いようのないディスコミュニケーションと母娘を取り巻く不遇な環境、そして2人の間にある深い溝が、パールをさらなる絶望に追いやることになるのだ。
無垢と狂気を往復するミア・ゴスが強烈!
そして、本作で特筆すべきは何といってもミア・ゴスの怪演だ。『X エックス』では主人公のマキシーンのみならず特殊メイクを施し高齢の殺人鬼パールも演じたミアだが、本作の若き日のパール役でも物語を牽引する。
映画の序盤で農場の家畜たちを観客に見立てて踊る姿から、関係を深めることになる映写技師の男に見せる魅惑的な表情、オーデションでの狂気に満ちたダンス…と本作ではパール演じるミアの、無邪気さと狂気を兼ね備えた魅力がこれでもかと詰め込まれている。
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特に終盤、義理の妹ミッツィーに心情を吐露するシーンでは長回し長セリフで圧倒的な演技を見せつける。さらに、ラストカットで見せる「ある表情」も圧巻。ホラー映画初のオスカーノミネートを噂されたのも納得の名演だ。
次作『MaXXXine(原題)』で再びタイトルロールを演じるミア・ゴス。80年代のハリウッドを舞台に、さらに進化して暴れまわるマキシーン=ミアが観られるのかもしれない。三部作のラストを飾る『MaXXXine(原題)』が、いまから待ち遠しい!
『Pearl パール』は全国にて公開中。