ボクシング映画の魅力は、演じる俳優たちの“ボクサーとしての説得力”によってストーリーや試合シーンに没頭できるかどうか、“負けないで!”“必ず勝って!”と応援したくなる共感性がキャラクターにあるかどうかがカギを握る。そこで今回は、観ているうちに思わず身を乗り出してしまうほど、グッと心を掴まれるボクシング映画に迫った。
森山未來×北村匠海×勝地涼がリングで拳を交える
『アンダードッグ』

タイトルの“アンダードッグ”とは、スターダムに駆け上がっていく選手たちが勝数を稼ぐために踏み台にする“かませ犬”のこと。元日本ライト級1位の実力者ながら、いまでは“かませ犬”としてリングに立つ末永晃(森山未來)は、妻子に愛想を尽かされ、夜はデリヘルの運転手をして凌ぐ日々。

児童養護施設で晃と出会い、ボクシングに目覚めた若き天才ボクサー・大村龍太(北村匠海)は、過去に起こした事件が期待された将来に暗い影を落とす。また、テレビ番組の企画でボクシングの試合に挑む、二世タレントの芸人ボクサーの宮木瞬(勝地涼)は自分の存在を証明するかのようにボクシングに挑む。この3人の男たちは、「もうやめてしまえ」と言われても“諦められない”のが共通点。人生から見放され、それぞれに闘う理由を持つ3人が、リングの上で交錯する――。
<劇場版>と<配信版>がある本作は、ロングラン中の<劇場版>【前編】【後編】では3人のドラマが中心となり、【全8話】からなる<配信版>は3人と彼らをとりまく登場人物の群像劇となっている。
ここに注目!
ダンサーとしても国内外で活躍する森山さんは、持ち前の身体能力に加え、クランクインの1年以上前からトレーニングを開始。プロが行う食事療法も行い、受験資格ぎりぎりの34歳(申込時)でプロテストを受け、見事合格。そのストイックな準備と、惨敗のタイトルマッチ戦から宮木戦、大村戦と順撮りを行ったこともあり、“ボクサー・末永”としてさらに進化した肉体を目の当たりにできる。試合のシーンでは、相手のパンチが実際にボディやガードに直撃しているという。

北村さんや勝地さんは体重を10kg減量し、本格トレーニングに挑んだ。劇場版公開初日の舞台挨拶で北村さんは、食事制限のほか「ボクシングで落とそうと思ってシャドーボクシングに励んでました。家に帰ってからもシャドーをしたり、縄跳びしたり走ったり」と語っている。また、勝地さん演じる激しい葛藤を内に抱えた芸人・宮木のセコンド役を務めたのは、実際にプロデビューし、トレーナーのライセンスも持っている「ロバート」の山本博。
まだ終わってない!北野武監督が放つ青春映画
『キッズ・リターン』

高校の同級生マサルとシンジはいつもつるみ、学校をサボっては好き勝手ばかりする毎日。ヤクザに絡まれ、その組長に助けられたことも。そんなある日、以前カツアゲした高校生が助っ人に呼んだボクサーにマサルはあっけなくKO。それをきっかけにマサルはボクシングジムに通い始め、シンジもなりゆきでジムに入門することに。
ところが、初めての2人でのスパーリングで、シンジはマサルに鮮やかなカウンターを決め倒してしまう。格下と思っていたシンジに倒されたマサルはふてくされてジムをやめ、ヤクザの世界に足を踏み入れる。一方、そのセンスを認められ、やがてプロデビューしたシンジはボクシングの世界で快進撃を続けていたが…。
ここに注目!
安藤政信は北野武脚本・監督の本作(1996)でデビュー。何気なしに始めたボクシングにやりがいを見出し、瞬く間に成長していくが、つるむ大人を間違えたことで道を踏み誤っていく18歳のシンジを好演、その年の日本アカデミー賞をはじめ各映画賞の新人賞を総ナメにした。金子賢も主役を務めたのは本作が初、一時期は総合格闘家に転身していたことも。

本作のラストで、シンジとマサルが交わす会話は25年の時を経ても語り継がれる名シーン。また、脇を固める俳優陣の中には亡き大杉漣や、若き日のやべきょうすけ(当時は矢部享祐)に宮藤官九郎などの姿も。10年後を舞台にした北野監督原案の『キッズ・リターン 再会の時』(2013)では平岡祐太と三浦貴大がそれぞれシンジとマサルを演じた。
伝説のチャンプの名を継ぐマイケル・B・ジョーダン
『クリード チャンプを継ぐ男』

ロッキー・バルボア(シルベスター・スタローン)とかつて歴史に残る激闘を繰り広げたライバルで、親友でもあった元ヘビー級王者アポロ・クリードの息子アドニス(マイケル・B・ジョーダン)は、生まれる前に死んだ父を知らずに養護施設を転々としてきた。アポロの妻メアリー・アンに引き取られ教育を受けて育つが、ボクシングへの情熱は高まるばかり。ついにはフィラデルフィアのロッキーのもとを訪ね、トレーナーを依頼する。

妻エイドリアンや愛する者たちを亡くし、ボクシングから退いていたロッキーだったが、アポロと同じ強さと決意をアドニスの中に見出し、トレーナーを引き受けることに。“クリード”の名を伏せたアドニスと、かつての英雄ロッキーは試合に臨むが…。
ここに注目!
「父親と『ロッキー』映画を観て育った」というライアン・クーグラー監督がシルベスター・スタローンに企画を持ちかけて、始動した本作。フィラデルフィア美術館の“ロッキー・ステップ”と呼ばれる階段や“ロッキー像”なども印象的に登場させ、アドニスがYouTubeで父アポロの現役時代を見るシーンもキーポイントに。
なお、クーグラー監督、そして主演のマイケル・B・ジョーダンといえば『ブラックパンサー』でもタッグを組んだコンビ。恋人ビアンカ役を好演したテッサ・トンプソンもマーベルヒーローだ。

ロッキーとアドニスの師弟を超えた父子のような関係も、“伝説”を継承。“試合で負けても、勝負に勝った”というべきラストマッチは『アンダードッグ』のある一戦にも通じるものがある。『ロッキー4/炎の友情』でアポロを死に追いやった宿敵(ドルフ・ラングレン)が再登場する続編『クリード炎の宿敵』も必見。
ジェイク・ジレンホールが再起を賭ける主人公に
『サウスポー』

養護施設で育ったビリー・ホープ(ジェイク・ジレンホール)は、同じ施設で共に育った妻モーリーン(レイチェル・マクアダムス)との二人三脚でチャンピオンの座に上り詰めた。彼の闘い方は、パンチを浴び続けた“怒り”をエネルギーに変えて一気にやり返す、という非常に危険なスタイル。やがて、そのビリーの気性がモーリーンの死へと繋がってしまう。

最愛の妻を失くしたビリーは自暴自棄になり、ライセンスを剥奪され、自宅も失い、裁判所命令によって愛娘レイラとも引き離されることに。再起をかけたビリーは、ストリートキッズたちを含むアマチュアボクサーのトレーナーを務めるティック(フォレスト・ウィテカー)に教えを請い、自らの“怒り”を封印し、過去の自分と向き合うことで再びリングに上がる…。
ここに注目!
主演のジェイク・ジレンホールが本作の前に撮影していたのは、目元が落ちくぼむほど減量して映像パパラッチを怪演した『ナイトクローラー』。その後、体重を増量させ撮影までの6か月間、1日2回のトレーニングを週7日こなし、無敗チャンピオンとして筋骨隆々の姿に大変身。さらに試合のレフリーや解説者なども、米「HBO」でボクシング中継に関わるスタッフが参加する徹底ぶり。

また、母役のレイチェルに似た雰囲気を持つレイラ役のウーナ・ローレンスが、聡明かつ繊細な眼差しで父・ビリーに対する愛憎を表現。「怖かった…」と言いながらも父の試合を見届ける姿に目頭もハートも熱くなる。
安藤サクラが身体と連動した精神面の変化も熱演
『百円の恋』

主人公は実家に引きこもり、自堕落な生活を送る斎藤一子(安藤サクラ)・32歳。ひょんなことから妹の二三子と大ゲンカになり、ヤケクソで家を出て一人暮らしを始め、夜な夜な買い食いしていた百円ショップで時給の高い深夜に働くことに。文句ばかりの本社社員や、セクハラする同僚などに囲まれる日々で、近所のボクシングジムを通りかかるたび、ストイックに練習する一人の中年ボクサー・狩野が気になっていた。

ある日、狩野の引退試合を見た一子はボクシングに魅せられ、そのジムで一からボクシングを習い始める。湧き上がる怒りや悔しさを糧に、「百円程度の女」だった自分を変えるために、一子はプロテストにも挑戦するが…。
ここに注目!
朝ドラ「まんぷく」で明朗なヒロイン・福ちゃんを好演し、『万引き家族』ではカンヌの審査委員長ケイト・ブランシェットを感服させ、映画賞を数多く受賞した安藤さん。彼女のスゴさを改めて実感する本作は、映画冒頭とクライマックスの試合シーンではまるで別人のよう。自分自身の人生に“勝ちたい”と渇望し、身体とともに精神も変わっていく一子を体現するべく短期間での過酷な肉体改造に挑んだ(※なお、劇中には性的暴行のシーンがあるので注意が必要)。

そのボクシング指導を務め、ジムの先輩役で出演もしているのが、俳優兼トレーナーの松浦慎一郎。作品に十分なリアリティと説得力をもたらしている。『アンダードッグ』でも主演・森山さんの役作りに大きな影響を与え、北村さん演じる若き天才ボクサー・龍太のセコンド役を演じている。
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