ベストセラー小説の映画化ではあるが、「ハリー・ポッター」のようなレベルではないし、本が売れたというだけでは大ヒットの切り札にはならない。『クレイジー・リッチ!』ほどのヒットは、様々な要素がピッタリと揃った時にしか生まれない。
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重要要素その1:絶妙なタイミング
ジョン・M・チュー監督は、映画学科で有名なUSC(私立南カリフォルニア大学)出身。在学中から秀でた監督の才を発揮して製作したショート作品がスピルバーグ監督の目にとまる。卒業後間もなく有名エージェントに引き抜かれて、下ずみ生活も経験せずに大手スタジオで映画監督の仕事につく。これだけ聞けば夢のようなキャリアである。
だが監督した作品はどれも批評的も興行的にも冴えず、2015年に監督した劇場用映画はあまりの不評で2週間にして映画館から姿を消すという、監督にとっては屈辱的な思いを味わった。だがチューは、その時点でふと立ち止まって考えたと言う。ちょうどその頃ハリウッドでは、「アカデミー賞は白人主義だ。#OscarsSoWhite」という個人のツイートがきっかけで白人優位のハリウッドがまざまざと明らかになり社会問題にまで発展した。
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チュー監督はアメリカで生まれ育ったとは言え、「自分もアジア人だと言うのに、社会の人種不平等に知らぬうちに加担してしまっているのではないか?」と自問自答し始めたと「scmp Style Magazine」に語っている。そんな時期にたまたま紹介された脚本が、ベストセラー『クレイジー・リッチ!』を脚本化したものだった。読んだ瞬間、「これだ!」と思ったという。監督の意思とタイミングが絶妙の融合を果たして、『クレイジー・リッチ!』の企画が動き始めたのだ。
重要要素その2:スター誕生!ニック役ヘンリー・ゴールディング
『クレイジー・リッチ!』の製作総指揮を担当するプロデューサーに、チュー監督は自分がどれだけこの作品にピッタリかを必死で説明したと言う。そしてめでたく採用されたあと、監督の才能の半分はこれで決まると言われているキャスティングが始まった。最も重要なのは言わずもがな、主演女優と男優探しだ。
映画のヒロインであるレイチェル役は、TVの人気シットコム『フレッシュ・オフ・ザボート』のコンスタンス・ウーで、全米では見覚えのある顔だ。だが、コンスタンスの恋人役を演じるイケメンはいったい何者か?
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名前はヘンリー・ゴールディング。劇中、アジアで屈指の大富豪ファミリーの御曹司ニック・ヤングを好演している。生まれも育ちもマレーシアのヘンリー。爽やかでかつカリスマ性が光るイケメンだが、本作以前の演技経験はゼロに等しいというから驚き。マレーシアのTVで旅行番組のホストを務めていたヘンリーに、たまたま『クレイジー・リッチ!』の製作会社で会計事務をしていた友人が、「あなたにピッタリの映画オーディションがあるから受けるべきよ」と声を掛けた。
だが驚くなかれヘンリー自身は、「ニック役には、プロでもっと立派な俳優が相応しい」と、数回にわたってオーディションの誘いを却下する。だが執拗にチュー監督自らに説得されて重い腰を上げた。そして結果はご覧のとおり。彼の自然な演技は天性としか言いようがなく、プロで長くやってきているコンスタンスを喰ってしまっているといっても過言ではない。ヘンリーは前途洋々で、すでに次回作のサスペンス映画『シンプル・フェイヴァー(原題)/A Simple Favor』の公開が待機している。
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重要要素その3:周囲を固めるソリッドな俳優たち
『クレイジー・リッチ』を見た人に感想を聞くと、「ミシェル・ヨーがアクション抜きなのにいい味出してた」あるいは「オークワフィナ最高!」と答える人が多い。アクション映画に馴染みがない方々は、本作で主人公レイチェルにつらく当たるニックの母親を演じていたミシェル・ヨーが香港アクション映画の女王だったことを知らない人も多いだろう。あのジャッキー・チェンやチョー・ユンファなどと肩を並べて悪者をなぎ倒していったアクション・スターで、大ヒット作『グリーン・デスティニー』にも出演していた。本作では脇役だが彼女の存在感は大きい。
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そして劇中、最高に笑わせてくれるのが、レイチェルの親友ペイクリンを演じる金髪頭のオークワフィナ(金髪はカツラだそうだ。)、そしてオリヴァー役のニコ・サントスである。殆ど無名に近いがこれから注目されるであろう才能を放っている。そして、映画『ハングオーバー!』シリーズのミスター・チャウ役でお馴染みのケン・チョンも相変わらず笑いを取るのがうまい。
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重要要素その4:不変のストーリー性と劇場公開の大切さ
ストリーミング・サービスのNetflixは、映画をも上回る勢いと言われているが結局はTV扱いとされており、劇場公開される映画のレベルには追いつかない部分がまだある。公開前から勢いが付いていた『クレイジー・リッチ!』には、すでにNetflixが目をつけており、大金で買取を申し出ていた。お金だけの問題なら、チュー監督もそこで二つ返事でオーケーしただろう。だが、監督は正真正銘の話題作りに欠かせないのは劇場公開における大ヒットだということを確信していた。わかりやすく言えば、Netflixで話題になっても最高賞はエミー賞(TV大賞)、劇場公開で話題となればアカデミー賞(映画大賞)も夢ではない、という最終的な違いである。結局は大金を蹴って、敢えてコストのかかるギャンブルだった劇場公開に賭けたチュー監督と関係者の勝利となった。
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もうひとつ忘れてはいけないヒット重要要素だが、それは普遍性のあるストーリー内容だ。ハリウッドのスーパー・ヒーロー映画に食傷気味の映画ファンが増えている。『クレイジー・リッチ!』の大ヒットをきっかけに、様々なエンタメ・サイトが、「特撮や派手なアクションなどのギミックがなくてもエンジョイできる、80年代に全盛期だったラブコメのような映画を大衆は欲している」、と語るコラムが目につくようになった。
王子様と恋に落ちた身分違いの娘が王子の母親や友人知人たちから虐められても蔑まれてもメゲずに、結局は王子との夢の恋を手に入れる…。世界のどこで誰が見ても、そして誰が演じても、笑えて感動できるわかりやすく気分の良いおとぎ話だ。演じているのがアジア系だろうとラテン系だろうと、誰にでも共感できるストーリー、これがヒットにつながる。これに素晴らしい演出と俳優がつけば、世界的ヒット映画の方程式完成というわけである。
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興味深いのは、得てして日本人以外のアジア人俳優に対して変に斜に構える人たちのいる日本で、果たしてこの大ヒットの方程式が通じるかということだ。『クレイジー・リッチ!』が日本で大ヒットするか否か? 興味津々なところだ。(text:Akemi K. Tosto)