そのまま目抜き通りをブラブラと歩いて、行き交う大勢の人たちを眺めて楽しみながら、映画祭会場となる映画館へ。近代的なシネコンではなく、町に溶け込んでいる昔ながらの映画館だ。3つスクリーンがあるみたい。映画祭前半はあまりトルコ映画を上映していないようなので、ここは仕事を忘れて(失礼)純粋に映画祭を楽しむことにしてカナダのガイ・マッディン監督新作『The Green Fog』を見る。見逃していた作品がこういうところでキャッチアップできるのは嬉しい。
『The Green Fog』は、無数の映画のフッテージをコラージュして1本の仮想映画に仕立てたモダンアート作品で、まさにガイ・マッディンの世界だ。音と視線と落下の運動の映画。刺激の洪水だ。基本的にヒッチコックの『めまい』がモチーフになっているようで(なのでタイトルも「緑の霧」)、サンフランシスコを舞台とした映画がこれでもかと登場する。するといきなり山口百恵と三浦友和のラブシーンが差し込まれ、愕然となる。ああ、『ふりむけば愛』だ。さすがガイ・マッディン。まったく油断がならない。イメージフォーラム・フェスティバルで上映されますように!
13時半から『Songs of Granite』というアイルランドの作品へ。アイルランドの伝承フォークソングを無伴奏で歌う最重要歌手のひとりであったジョー・ヒーニーの人生の断片を描く作品で、少年期、中年期、老年期の3つの時期が美しいモノクロ画面で綴られる。フィクション・パートに時折実際の記録映像も挿入される演出で、これが素晴らしい出来栄えであった。特に少年期から中年期にかけての映像と音楽と歌の美しさは筆舌に尽くしがたく、心の底が震える。「ソングキャッチャー」的な、失われゆく歌を遺す物語でもあり、ブルースやカントリーと共鳴するような、労働者の思いや郷愁の念に溢れるアイルランドのフォークソングは、歌詞は分からずとも感動的で雄弁だ。これは本当に素晴らしい。
21時半に上映に戻り、『Valley of Shadows』というノルウェーの作品へ。非常に美しい映像で語る静かなスリラー。雰囲気があってよいのだけど、前の座席の人の巨大モジャ頭が画面の半分を覆ってしまい、全く集中できなかった。この会場は昔ながらの座席の傾斜が少ないスクリーンなのだ。しかし、昔はこんなこと当たり前だったのに、シネコンの座席に慣れて耐性が弱くなっているなと反省もしきり。
16時からは、趣を変えて『Maria by Callas』というフランス製作のマリア・カラスに関するドキュメンタリー。彼女のキャリアを本人へのインタビューと歌唱映像をつなげて紹介していくもので、プライベート生活を含む重要事項を丁寧に網羅しながら、圧巻のパフォーマンスも存分に見せ、マリア・カラス映画としては決定版と呼べるのではないだろうか? もっとも、彼女を扱った多数の映画を全て見ているわけではないので断言はできないけれど、貴重な作品であることは間違いない。これも義務教育で見せるべき1本だ。
19時から、今回もっとも楽しみにしていた1本、『The Legend of the Ugly King』へ。トルコ映画史で最も重要な存在であると呼んでも過言でないであろう、ユルマズ・ギュネイ監督の生涯を描くドキュメンタリーだ。本日がトルコ・プレミアであるとのことで、会場も上映前から熱気に包まれている。