いよいよ『神様のカルテ2』が明日全国公開になります。やっとという感じもするし、あっという間だったという感じもしています。毎度のことですが、この公開前日というのはソワソワするものです。通常だったら公開前日にはよく電波ジャックと称して朝から色んなTV番組に出て怒涛の日になっているのですが今回は先週の日本テレビでの前作の地上波初放送に絡めて電波ジャックを行ったので、今日は平穏です。。まさに嵐の前の静けさ。でも、それだけに余計にソワソワしてしまうという。笑しかし、思い起こせば前作の大ヒットから2年半。本当に色々ありました。『神様のカルテ2』は僕が宣伝プロデューサーとして独り立ちして担当した作品としてはちょうど30本目にあたります。また、個人的にも40歳という節目にあたること、そして何よりも結婚を果たしたことがとても大きく本当に個人的な思い入れの強い作品になっています。さらに言うと、実はあと2週間で息子も産まれます。『神様のカルテ2』は主人公の青年医師に子供が産まれるまでの話でもあり最初に原作小説を読んだときは、これは本当に心に刺さりました。刺さりすぎて泣くを通り過ぎて茫然としたくらいです。完全に勘違いではあるのですが、これは俺の物語だと思いました。宣伝プロデューサーという仕事を10年以上続けてきて正直僕も壁に突きあたっていました。映画宣伝の仕事自体は自分でも天職だと思ってるし、本当に楽しいのですがこれでいいんだろうか? これだけでいいんだろうか?と立ち止まって悩むこともありました。家族や友人にも恵まれていたし、彼女もいるときにはいたりして本当に充実した人生ではあったのですがアラフォーが見えてきたときにそろそろ自分の家族も、、ということを考えるようになりました。そんな中で今の嫁と出会い、結婚をして、子供まで授かることが出来ました。嫁とは職場結婚だったのですが、風のように自由に生きてきた自分を春の太陽のように照らしてくれて、人生の温かい場所を示してくれました。誰かが誰かを好きになるってこともそんなに簡単なことではないと思うのですがその好きになった誰かが自分のことも好きになってくれるのはもっと簡単じゃないと思います。常々思ってましたが、結婚というのはある種の奇跡ですね。さらに子供が産まれるということ。これは奇跡以外の何ものでもないです。日々大きくなっていく嫁のお腹を見ていると人間も動物なんだなと思うし1つの命が生まれるというのは本当にすごいことだと思わざるをえません。胎動というのは地球における火山活動のようで大袈裟な言い方かもしれませんが、太古の昔からこうやって生命は繋がれてきたんだなと思ったりもします。『神様のカルテ2』を語る上で大切なキーワードは「つながり」です。家族、仕事、友情、様々なつながりが描かれています。そんな中で主人公の青年医師が突きあたるのは家族と仕事のつながりです。家族をとるのか? 仕事(患者)をとるのか?かつての親友から突きつけられた、この答えのない問いに大いに悩まされるわけです。お前がいつも病院にいるってことは、その間家族のそばにはいられないってことだ。夫婦って何なんだ?この台詞は本当に刺さりました。映画の仕事は好きな仕事で楽しくやっているけど確かにそれに奪われる時間はあまりに多くてその分身籠っている嫁と過ごす時間は少なくなっていくわけででも働かなければ家族を養えないわけでこれはまさに自分が感じていたジレンマでした。映画はケースの異なる3組の夫婦を重層的に見せることでこの答えのない問いにある種のテーゼを呈しています。僕はその在り方に共感しましたし自分なりの回答といったものも持つことができました。そんなこともあって『神様のカルテ2』は僕の宣伝マン人生の集大成とも言える作品です。本当にこの作品を担当できてよかったと思ってますし誰よりもこの作品を一人でも多くの人に観て欲しいと思っています。脚本を読んだ段階からこの『神様のカルテ2』のラストシーンが最高に好きでした。僕も明日の初日があけたら、あんな風になってみたいと思っています。風が吹いて、太陽が雲の隙間から現れるように。『神様のカルテ2』是非観て下さい。【2014.3.20】