【取材・構成/叶 精二】
オランダの長編ストップモーション・アニメーション『愛しのクノール』が公開中だ。第42回オランダ映画祭で最優秀映画賞・最優秀監督賞・最優秀プロダクションデザイン賞をトリプル受賞し、第1回新潟国際アニメーション映画祭の長編コンペディション部門にもノミネートを果たした快作だ。
主人公は子犬を飼いたい少女バブス。しかし両親は反対。そこへアメリカに行ったきりだったおじいちゃんトゥイチェスが突然帰って来る。おじいちゃんは、バブスに子豚の「クノール」をプレゼント。子豚をしつけていくことで、家族の関係は穏やかに改善してゆく。しかし、おじいちゃんには隠れた野望があった…。
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家族と子豚の物語を丁寧に綴った愛らしい作品だが、決して無害なファミリームービーではない。大胆なシーンや予想外の展開も待ち受けており、スピーディなアクションシーンも秀逸だ。
長編第1作となる新進気鋭のマッシャ・ハルバースタッド監督に本作の演出意図から次回作についてまで、広範に伺った。
低いカメラでリアルな世界と人間関係を撮る
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──クノールはアニメーションでよく見られる「トーキングアニマル(しゃべるマスコット動物)」ではありません。人間の言葉を離さず、モノローグで話すこともしません。人語を解さない動物らしい動物という設定にこだわりを感じました。
マッシャ仰る通り、意図的にそのような演出をしています。原作小説でもクノールは人語を話さないのです。この映画はクノールよりも、バブスとおじいちゃんやお母さんたちの人間関係を中心に描いた作品です。クノールが話し出すと映画は全くうまく行かなかったと思います。
ただし、クノールが肉屋に行くシーンだけは、意図的にクノールの主観で描いています。このシーンでは彼の思いを大切にしたいと思ったからです。
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──ストップモーション作品では、ミニチュアセット舞台の大きさの制約からカメラを自由に配置出来ない、自在に動かせないという制約がありがちです。しかし、この作品ではカメラが子供たちや子豚の視点に合わせて大変低く設定されていますね。
マッシャ実写映画のような形で撮影したかったのです。カメラを高い位置に設置すると世界観が失われてしまうのです。私自身も小柄なのですが、カメラを低い位置に設置するとリアルな世界観を表現出来るのです。低いカメラで登場人物を近距離で撮影することによって、心理的にも近づくことを意識しています。
私はカメラを大きく動かすアニメーションは好きではありません。大きなカメラワークは、アクションシーンのみで採用しています。必要な時だけ動かすことを心掛けています。
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──あくまで生活のリアリズムを基調としているということですね。どこにでもありそうな小さな家族の物語。しかし、ファンタジーでもある。そのバランスが絶妙だと思いました。一方、アクションシーンではカメラが縦横無尽に動いて人物を追いかけます。お得意ではないのかも知れまませんが、バブスの自転車、車やトラクターチェイスのアクションは素晴らしいと思いました。
マッシャトラクターチェイスのシーンの撮影には1年半かかりました。カメラマンのピーターが設定を行い、トラクターのクローズアップを撮っています。実はカメラ自体は動かしておらず、トラクターの方を少しずつ動かしているのです。ミニチュアセットの制作にも時間がかかり、組み合わせが大変でした。全てが上手く行き、完成したものは最高でした。この映画の中で最も誇らしいシーンです。個人的に面白いと思ったのは、通常はゆっくり動く筈のトラクターがチェイスするという点です。
手作りのパペット(人形)の魅力
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──クノールのふわふわした産毛、母やバブスのカールした髪の毛が光に揺れて質感が見事でした。パペット(人形)の素材は羊毛でしょうか。
マッシャはい、素材に羊毛を使いました。母に関しては特殊なウィックのような物を作り、上から羊毛を糊付しています。髪に動きが出るし、質感もすごく良い感じでした。
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──最近は3Dプリンターで出力したツルツルのパペットが多用される傾向にあります。本作の手作りの温かみを感じるパペットがとても良いですね。
マッシャありがとうございます。3Dプリンターは使用していません。登場人物の頭部は硬質プラスチック製で、瞼や口は別のパーツで付け替えられるように出来ています。しかし、おじいちゃんだけは眉毛や顎が動かせる特殊な仕組みのパペットを使っています。彼はアウトサイダーなので、他の登場人物とは造詣から明確に変える必要がありました。髭を付けたりしているのも、本性を隠すために意図的にやったことです。
ロアルド・ダールの影響と「悪いままのおじいちゃん」
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──おじいちゃんのエネルギッシュで懲りない性格は、確かに強烈な印象を残します。マッシャ監督は幼い頃からロアルド・ダールの愛読者だったと伺いました。ダールの小説に登場する大人たちに共通するものを感じました。演出の際にダールの作品を意識されたのでしょうか。
マッシャええ、大変意識しました。私はダールの作品を読んで育ちました。原作と出会った時におじいちゃんのキャラクターは、完全にダールのキャラクターだと思いました。彼は周囲の評価を裏切って、途中から豹変します。この物語はハッピーエンドではあるけれども、おじいちゃんは悪いままです。そこが大好きになりました。
子供たちにはお伽噺らしいお伽噺だけを与えれば良いとは思いません。今の子供向け映画は健全なものだけを描こうとしているように感じるのですが、大人のいやらしさを描くことも同じように必要だと思うのです。
──ダールの原作は過去にヘンリー・セリック監督『ジャイアント・ピーチ』(1996年)、ウェス・アンダーソン監督『ファンタスティック Mr.FOX』(2009年)と2作品もストップモーションの長編になっています。どちらも名作です。3作目に挑戦するお考えはないですか。
マッシャ私は元々ダールの作品を映画化したかったのです。もしダールの作品の映画化の企画があれば、今すぐにでも快諾しますよ!
──アニメーションではずっと避けられて来た「動物の排泄」を物語に組み込んで、きちんと表現されていました。抽象的な表現に逃げていないと思いました。
マッシャははは(笑)、ありがとうございます。
スピンオフ短編と次回作の構想
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──本作のスピンオフ短編『Koning Worst(ソーセージ王)』が既に完成していると聞きましたが。
マッシャバブスの両親や二人の肉屋が登場します。『ウェスト・サイド・ストーリー』を思わせるミュージカルのラブストーリーです。(『愛しのクノール』と)同時上映されている国も多いようです。日本でも観る機会があると良いですね。
──マッシャ監督は現在長編第2作『FOX AND HARE SAVE THE FOREST(キツネとウサギが森を救う)』を制作中だと伺いました。こちらもストップモーション作品なのでしょうか。
マッシャいいえ、ストップモーションではなく3DCGアニメーションです。アムステルダム・ベルギー・オランダの合作となる予定です。『愛しのクノール』とは全く違うテイストのハートウォーミングな笑える作品になる予定です。
──本日はありがとうございました。今後の作品にも期待しております。