名匠ホン・サンス監督の日本公開最新作となる長編25作目『イントロダクション』と、長編26作目『あなたの顔の前に』が2作同時に公開。この度、ある中年女性の心の深淵に迫った新境地がうかがえる『あなたの顔の前に』について監督の貴重なインタビューが到着した。
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2022年のベルリン国際映画祭で、『イントロダクション』と『あなたの顔の前に』に続く長編27作目の最新作『小説家の映画』(仮題)が銀熊賞(審査員大賞)を受賞し、3年連続で同受賞の快挙を果たしたホン・サンス監督。ちなみに、是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』で、韓国人俳優として初めてカンヌ国際映画祭男優賞を受賞したソン・ガンホはホン・サンスの初監督作『豚が井戸に落ちた日』(96)でスクリーンデビューを果たしており、韓国映画界の名匠と代表的俳優の新作が運命的にも同日公開となっている。
今回到着したのは、ニューヨークのFilm at Lincoln Centerで4~5月に開催されたホン・サンス監督の特集上映「The Hong Sangsoo Multiverse: A Retrospective of Double Features」にて、『あなたの顔の前に』上映後のQ&Aセッションでホン・サンス監督が語ったインタビュー。2017年以来、ニューヨークを訪れたホン・サンス監督は、観客を前に、本作で監督作品に初主演にしたイ・ヘヨンとの出会いや、俳優たちのキャスティングや独自の演出方法、そして本作のテーマにも触れている。
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「俳優たちを決めていく中で最終的なアイデアが立ち上がってくる」
Q.:イ・ヘヨンの出演のきっかけ。そして、キャスティングの仕方について。たいていの監督は、演じて欲しい役がまずあって、台本に描かれている役にふさわしい俳優を探すが、どのようにして台本がない状態で出演する俳優を決めていくのか?
ホン・サンス:まず、次の映画をいつ撮り始めるのか、その日を決めます。撮影の初日は1か月後か、2か月後になるかわかりませんが、たとえば「9月5日に始める」と決める。後で変更しなければならないこともありますが、たいていはうまくいきます。撮影初日の1か月前くらいから一緒に仕事ができる俳優たちのことを考え始めます。その時点では2つのことが必要になります。撮影場所と、主演俳優たちです。
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そこから映画のことを考え始めますが、アイデアや台本がまずあって、その役に合わせて俳優を決めるのではなく、その反対です。俳優たちと、場所がまず必要で、そこから始めます。その段階では1,000個くらいのアイデアが生まれる可能性もありますが、主演俳優を誰か1人を決めてしまえば…それは直感で決めますし、特に理由はないのですが、男性か女性か…主演俳優が決まればアイデアも5個くらいに絞られます。それから他の俳優たちを決めていく中で最終的なアイデアが立ち上がってきます。
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アイデアがすべてではなくて、それは映画のアウトラインというわけでもありません。たとえば今回の映画の場合は、イ・ヘヨンに初めて会った時、彼女の姿を見て、予期せず、私は亡くなった姉のことを思い出しました。他にも私の人生にまつわることを思い出し、そして、これから作る映画のアイデアが生まれ、それが映画の出発点になりました。
Q:今回の主演のイ・ヘヨンとはこれが初めての仕事。彼女は俳優として長いキャリアのある80年代のスター、父親のイ・マンヒは、60~70年代に非常に有名な映画監督だが?
ホン・サンス:彼女の父親はとても有名な映画監督でした。ジャンル映画を撮っていますが、幅広く多様な映画でした。その仕事振りから、まわりの人たちは彼のことをある種の天才だと思っていましたが、私は彼の映画を1本も観ていません。
(と言いつつ、すぐに訂正)あぁ…1本観ていました。父と母が製作した映画です。私の両親は映画プロデューサーで、彼の映画を1本製作しています。
イ・ヘヨンにカリスマということばがふさわしいかどうか分かりませんが、彼女はカリスマがある俳優として知られていました。女優としての演技力だけでなく人格も認められていました。人格が演技よりも重視されている俳優はあまりいませんが、彼女はそのような俳優でした。私が、映画の撮影を始める日を決めた時、イ・ヘヨンの名前が浮かんできましたが、それはたぶん彼女が私の母の葬儀に列席されたからだと思います。思いがけず、いらっしゃった。彼女の友人が私の母と友人で、その友人に誘われて母の葬儀に来られたのだったか。その時に数分ほど話しましたが、それが私の心に残り、のちに映画を撮ることに決めて主演俳優が必要になった際に、イ・ヘヨンの名前が思い浮かびました。電話をかけたら歓迎してくださって、ぜひ一緒に仕事がしたいと熱意を示された。
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心を開いたときに「与えられるものには敬意を払う」
Q:俳優をキャスティングする際、彼らの過去の仕事のことはあまり知らず、むしろ、その人がどんな人柄であるかに興味があるとか。俳優たちが過去に演じた映画の役柄や姿などはあまりよく知らないから、と。
ホン・サンス:私が見ているのは俳優たちの過去の仕事ではありません。特に、初めて仕事をする相手なら、その人がどんな人であるか、その人柄を見ようとします。彼女は素晴らしい経歴の人かもしれませんが、それはどうでもいいことです。その人に会って得られる印象の方を大切にしたいからです。話を始めると2時間くらいになることもありますが、話しながら、ひとつの「手がかり(track)」と呼んでいいでしょうか。曖昧な、まだよく知らぬ人が私の目の前にいて、その一方で、私という人間もその場に存在し、その私が目の前の人から流れ出してくる「手がかり」を大切に受け止めて、物語か何かが私の中に浮かんでくるのを待つのです。そのとき彼女から私に示されるあらゆる「手がかり」を、私は受け止めます。イ・ヘヨンに初めて会った時もそうでした。
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Q:本作に関して、もう1つ重要なテーマである「信念(belief)」について。「信仰(faith)」の問題だが、主人公のサンオクは独白を繰り返す。感謝の気持ちを表すマントラの呪文のような、祈りのような言葉を繰り返すが、彼女がどのような神を信じて、どのような信仰を持っている人なのかは明かされない。「信仰」は、あなたの映画にどのように入ってゆくのか?
ホン・サンス:その話題について話すのはとても長い時間がかかってしまいますから、今はこんな風に言っておきましょう。彼女の振る舞いや言葉、独白は、あの建物にある他のすべてと同じようにあの場所で私が受けとめたものでした。
私は、自ら探し求めて見つけたものではなく、与えられるものには敬意を払うことにしています。心を開こうとすると必ず何かがやってきますが、そうして授けられるものに対しては敬意を払います。それを私は、与えられたものを私が受け入れるプロセスと呼んでいます。彼女のあの独白や言葉や祈りは、同じプロセスを通して受け入れたものです。それは私の中で起こっていた何かを反映するものでもありますが、とてもとてもとても私的なことですから、言葉にするのは気をつけねばなりません。話はここでやめます(笑)。
『あなたの顔の前に』『イントロダクション』は6月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国にて順次公開。