17世紀アイルランド、イングランドから父と共にやってきた冒険好きの少女ロビンはオオカミに姿を変える少女メーヴと出会ったことから不思議な運命を辿ることになる。古い絵本のイラストレーションのような映像が、人間と自然の複雑な関係をケルトの伝説を交えながら切なくも描く。映画の舞台となった地方都市キルケニーにスタジオを持つカートゥーン・サルーンが制作した長編アニメーション『ウルフウォーカー』だ。

2020年に公開されると、たちまち世界のアニメーションファンを虜にした。ニューヨーク映画批評家協会、ロサンゼルス映画批評家協会では最優秀アニメーション賞を受賞、さらにスタジオとしては4度目となるアカデミー賞長編アニメーション映画賞にもノミネートされた。
作品の魅力は、どこか懐かしみを与える手づくり感だ。CGアニメーションが席巻する時代に2Dの味わいを打ち出す。「大人も見られるアニメーション」との表現がよくあるが、ここでは逆だ。妥協のない映像とストーリーはむしろ「子どもも見られる大人のアニメーション」と表現するのが相応しい。カートゥーン・サルーンはポストスタジオジブリとも評されることも多いが、そんなことが理由かもしれない。

ヨーロッパ・アニメーションの伝統を彷彿とさせるカートゥーン・サルーンだが、長編映画のスタジオとしての歴史は新しい。1999年に設立後に何本かの短編を撮った後、初長編は2009年の『ブレンダンとケルズの秘密』。ケルト神話を題材にした幻想的な味わいが話題になった。続く『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014)でもケルト神話を取り上げたが、2017年にはタリバン政権下のアフガニスタンを生きる少女を描いた『ブレッドウィナー/生きのびるために』と一転したテーマが注目された。長編は『ウルフウォーカー』を含めても、まだ4本にしかならない。

それでもカートゥーン・サルーンのグラフィックは、日本でも実は多くの人の目にしている。昨年夏の大ヒット映画『竜とそばかすの姫』に制作協力し、主人公ベルが竜の居場所を求めて仮想空間<U>で彷徨うシーンでファンタジックな背景美術を描いている。細田守監督がカートゥーン・サルーンならではの表現を求めたためだ。
カートゥーン・サルーンの表現を求めるのは細田守監督だけでない。映画業界を牽引する動画配信プラットフォームから、とりわけ引っ張りだこなのだ。『ウルフウォーカー』はApple TV+の目玉タイトルとして独占配信されたし、Disney+ではバイキングの子どもたちを主人公にしたシリーズ『Vikingskool』の制作が進んでいる。そして次回長編はNetflixオリジナル映画の『My Father's Dragon』(原作邦題「エルマーのぼうけん」)だ。その活躍は急速に広がり、いまや絶対見逃すことの出来ないスタジオなのである。

カートゥーン・サルーンはヨーロッパ最西のアイルランドに位置したが、お隣イギリスにも地方から傑作を次々に世界に放つスタジオがある。アードマン・アニメーションズである。発明家の主人公とその愛犬が活躍する『ウォレスとグルミット』、好奇心旺盛な羊が次々と事件を引き起こす『ひつじのショーン』といった作品でお馴染みだ。

スタジオのあるブリストルはロンドンから170キロ離れたイングランドの西の果て、すぐ北はウェールズで海の先にはアイルランドがある。地方都市のスタジオとの点ではカートゥーン・サルーンと重なるが、他はだいぶ異なる。設立は古く1972年、作品の中心はクレイ(粘土)で作ったキャラクターを少しずつ動かして撮影するコマ撮りと呼ばれる手法だ。一見は古風に見えるこの技法を最新の技術、映像にアップデートし続けるのがアードマンの持ち味だ。

お茶とワインとチーズが大好きなウォレスをはじめとするキャラクターたち、カラッとした皮肉の利いたコメディはいかにもイングランド的。それは哀愁を帯びたカートゥーン・サルーンの作品と対照的でもある。ふたつのスタジオの作品を共に楽しむと、最西のヨーロッパの文化の豊かさが感じられるはずだ。
