第94回アカデミー賞授賞式が3月28日(日本時間)、米ロサンゼルスのドルビー・シアターで開催され『コーダ あいのうた』が作品賞をはじめ3冠に輝き、幕を閉じた。
同作は劇場公開とApple TV+での配信が同時に行われており、配信サービスの映画が初めて作品賞を受賞する快挙となった一方、同じ配信サービスが提供する作品として、注目を集めていたNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は11部門12ノミネートにも関わらず、ふたを開ければジェーン・カンピオンが監督賞を受賞するのみに留まる結果に。ノミネートされた3部門(作品賞、脚色賞、助演男優賞)すべてを受賞した『コーダ あいのうた』とは対照的な結末となり、両者の映画製作に対する戦略の違いが浮き彫りになった。
授賞式の主役はウィル・スミス
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第94回アカデミー賞授賞式の主役は、ウィル・スミスだったと断言したい。過去2回にわたり、主演男優賞候補となっていたスミスが、渾身の主演作『ドリームプラン』で“3度目の正直”となる悲願の初受賞を果たしたのだ。
オスカー像を手にしたスミスは、自身が演じたリチャード・ウィリアムズについて「本当に強く家族を守った男だった」と涙ながらにコメント。「悪口を言われても、軽蔑されても、笑顔を絶やしてはいけない。自分は愛情を引きつける船のような存在でありたい。これは受賞の涙ではなく、人々に光を射すことができる喜びから来ているのです」と感無量の面持ちだった。
しかし、受賞コメントの中に“謝罪”の言葉も含まれていたことは、残念なことだった。生中継ゆえ、世界中の視聴者が目撃することとなったが、自身の妻であるジェイダ・ピンケット・スミスを侮辱したクリス・ロックに対し、スミスが強烈なビンタをお見舞い。席に戻ると“Keep my wife’s name out of your fxxking mouth(妻の名前を二度と口にするな)”と抗議の声をあげたのだ。
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スミスの行動には、放送直後からSNSなどでさまざまな反応が見られ、おおむね勇気ある行動として賛同する声が多いようだ。何より、ことの発端はロックの侮辱的発言にあるのだが、結果的にアカデミー賞の歴史に良くも悪くも名を残す事件となってしまったのは事実。それも含めて、今宵の主役がウィル・スミスだったことは間違いない。
ジェシカ・チャステインが投げかけた感動のメッセージ
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『タミー・フェイの瞳』で主演女優賞を初受賞したジェシカ・チャステインのスピーチは、ひと際感動的だった。喜びと感謝を伝えると同時に、国内外で絶えることのない暴力や分断、それに伴う差別と偏見、さらに高い自殺率に言及し、「(役柄を通して)前進することができると信じています。絶望や孤独を味わっているすべての人へ、誰もがユニークであり、無条件に愛される存在と知ってほしい」とメッセージを送ると、会場は大きな拍手に包まれた。
チャステインのスピーチが示した社会的少数者への誠実な姿勢は、今年の受賞結果にも少なからず反映されることになった。『コーダ あいのうた』のトロイ・コッツァーが助演男優賞に輝き、男性のろう者の俳優として、初めてアカデミー賞の俳優賞を受賞。また、『ウエスト・サイド・ストーリー』で助演女優賞を受賞したアリアナ・デボーズは、オープンリークィアの有色人種として、初めて俳優部門のオスカー像を手にした。「アイデンティティを疑問に思ったり、闇の存在を感じたりしたとしても、私たちの場所は必ずどこかにあるはず」という力強い受賞スピーチが印象的だった。
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ウクライナ侵攻に対する静かなる抗議
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ウクライナ出身の俳優ミラ・クニスは、主題歌賞にノミネートされた「Somehow You Do」を紹介の際、ステージに登場。具体的に祖国の名をあげる代わりに、「今、世界で起きている出来事には、失望させられます。しかし、荒廃と向き合う人々の強さと尊厳を目の当たりにすると、心を動かされずにはいられません」とメッセージを発信。楽曲のパフォーマンスが終わると、「#standwithukraine」というハッシュタグとともに、犠牲者への黙とうと現地への支援を訴える声明が画面に映し出された。
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また、レッドカーペットや授賞式では、青いリボンを身に着けた出席者の姿もちらほら。これは難民支援を訴える意味合いがあり、やはり現在のウクライナ情勢を鑑みたスターたちの意思表明だった。セレモニーを通して、声高な反戦メッセージが発信されることはなかったが、こうした静かなる抗議によって、視聴者の関心を喚起させる姿勢はやはり重要だ。
結局、司会は必要なの? 時短効果は思ったほどでは…
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『コーダ あいのうた』のおかげで、基本的には“愛にあふれた”ハートウォーミングな授賞式となった第94回アカデミー賞。ただし、あえて言わせてもらうと、全体的に間延びし、散漫な内容だった。クリス・ロックの侮辱発言を例に挙げるまでもなく、プレゼンターのおしゃべりに時間を使いすぎで、肝心の受賞者スピーチが短くカットされそうになることも(濱口竜介監督の受賞スピーチが、オーケストラに寸断されそうになった場面は、その一例)。
そもそも今年はアカデミー賞会員の反発を買ってまで、放送時間の短縮を目的に、美術賞、音響賞、作曲賞、編集賞、メイクアップ&スタイリング賞、短編アニメ賞、短編映画賞、短編ドキュメンタリー賞を事前収録にしたにも関わらず、その効果は思ったほどではなかった。何より、司会者って必要なの? 画期的な受賞結果で歴史的一夜となった第94回アカデミー賞授賞式だが、“テレビ番組”としての限界も垣間見え、課題は山積だ。
生中継!第94回アカデミー賞授賞式
3月28日(月)午前7:30より生中継/2か国語版・同時通訳[WOWOWプライム]
字幕版リピート放送 3月28日(月)22:00
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