演技者、フィルムメーカーとしての苦悩
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――視覚的な効果が最も高い映画という媒体で、香りを観客に想像させるために、お二人はどのように工夫されたのでしょうか?
エマニュエル:話が決まり、私たち二人はすぐにエルメスの専属調香師であるクリスティーヌ・ナジェルに会いに行きました。業界では天才として知られる人物です。その後も、私は彼女と共に過ごす時間を持ちました。私自身、2つフレグランスを作ったんですよ。商業化するためのものではなく、パーソナルな使用のためのものですが。調香師を演じるに当たり大切にしたのは、所作などはもちろん、アーティスティックな仕事をしている人たちが、それに専念するとどういう生活を送らなければならないのかということ。香水はひとつの芸術です。それは画家やミュージシャン、監督、女優の仕事と同じ。どちらかというと、インスピレーションをどう得るかという視点を彼女の仕事ぶりから学びました。実は、最初についていたタイトルは、「Inspiratrice(インスピレーションをもたらす人、ミューズの意)」だったんですよ」
――アンヌは、素晴らしい才能の持ち主ですが、才能があるゆえの恐怖、苦悩、孤独を抱え、ストイックに生きています。お二人は演技者、フィルムメーカーとして、アンヌのような生きにくさを感じることがあるのでしょうか。
グレゴリー:確かに監督として脚本家として孤独は抱えていますね。制作の準備の段階で誰かとアイディアをシェアすることは難しい。しかも撮影後、編集の際に共同作業をするのもかなりやっかいです。つまるところ、自分の中にある疑念とか迷いといったものは自分の中にとどめ、内なる闘いをせざるを得ない。クリエイションとはそういうことだと思うんです。大事なのはできあがった作品だと思っています。
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エマニュエル:実は、脚本を読んだときに驚き、興味を引かれたのは、このアンヌという人物が凄く私に似ているということだったんです。彼女と同じように感じていることが多かった。単に表現の仕方が違うんだという気がしています。彼女ほど人見知りではないし、歯に衣着せずものを言ったり、感情を顔に出したりはしない。もう少し社交性はあると思います。今の社会って、私のことを見て見てと自分をさらけ出す人が多い。私はそうではなくて、すべてを人にさらけ出す必要はないし、自分の内に秘めおく必要のあることも多いと思っています。そういう意味では、アンヌと似ていると思います。