ジャーナリズムを追求する新聞記者…
言葉の壁を乗り越えて挑む
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官邸を相手に、歯に衣着せぬ鋭い質問をぶつける東京新聞・望月衣塑子記者による同名ベストセラー(角川新書刊)を原案にした本作。医療系大学の新設にまつわる公文書や、政権維持のためという名目の情報操作、メディアの報道姿勢など、フィクションの形をとりながらも日本社会で現在進行中の問題をスクリーンに映し出した衝撃作として注目を集めている。
シム・ウンギョンが演じるのは、日本人の父と韓国人の母のもとニューヨークで生まれ育ち、日本の新聞社に身を置く入社4年目の社会部記者・吉岡エリカ。言葉の壁をものともせず、ある思いを抱えて亡き父の母国で同じ新聞記者の道を選んだ女性だ。
彼女には日本特有の忖度は通用しない。例えば、ある女性ジャーナリストの性的暴行事件がうやむやにされようとすれば、それは「セカンドレイプ」だとはっきりと主張する。同僚の男性記者や記者クラブにとっては「変わってる」「何、あいつ」と言われる、いわば異端児だが、その信念には揺るぎがない。
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そんな吉岡が、匿名で届いた新設大学の極秘公文書について情報源を探るうちに出会うのが、松坂さん演じる内閣情報調査室の杉原。吉岡は杉原が尊敬する元上司の神崎(高橋和也)が鍵を握ることを突き止めるが、神崎は自死。新聞記者と官僚、立場は違えど出会った2人は、その死の「本当の理由」を知るためにそれぞれの場所で真相を追っていく。
「誰よりも自分を信じ、疑え」という亡き父の教えを胸に秘めた吉岡の、そのひたむきな姿勢からは敏腕記者らしい慎重さや洞察の深さが覗く。たとえ上層部から圧力が掛かったとしても屈っしないし、迷いが生じたとしてもあきらめない。
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記者としての矜持や覚悟、そして父の無念を晴らすかのような情熱が瞳に宿るときの、シム・ウンギョンの演技はまさに鳥肌もの。松坂をはじめ、上司役の北村有起哉や同僚役の岡山天音ら、演技派キャストが集結した中にあっても、その存在感は観る者を圧倒する。
『サニー』『怪しい彼女』『新感染』…
様々な顔をもつ韓国のトップ女優
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1994年生まれ、現在25歳のシム・ウンギョンは人気子役として活躍し、日本でもリメイクされた大ヒット作『サニー 永遠の仲間たち』(11)や『怪しい彼女』(14)、イ・ビョンホンを相手に涙の熱演を見せた『王になった男』(12)などで若手実力派としての地位を確立。2017年、「ユマニテ」と専属契約を結び、日本での活動をスタートさせた。ユマニテといえば、安藤サクラ、門脇麦に『愛がなんだ』の岸井ゆきのといった演技力に定評のある女優たちや、東出昌大や本作共演の岡山天音など実力派俳優たちが名を連ねるプロダクションだ。
特に『怪しい彼女』では、見た目は20歳、中身は70歳のオードリー・ヘプバーンに憧れるおばあさんを演じきり、数多くの主演女優賞を受賞。日本でもヒットした『新感染 ファイナルエクスプレス』(16)では高速列車に大混乱をもたらした“第1感染者”としてカメオ出演、そのためにアクションスクールに通って準備し、壮絶すぎるほどの説得力をもたらした。
『新感染』ヨン・サンホ監督によるNetflix映画『サイコキネシスー念力ー』(18)では再開発から街を守る若き店主に、『少女は悪魔をまちわびて』(16)では心に闇を抱えた役柄に初挑戦し、『操作された都市』(17)では謎めいたハッカーにも。待機作の日本映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』では主演・夏帆の自由奔放な親友役を演じるなど、まさしくカメレオン女優といえる七変化ぶり。いずれも、観る者を作品に引き込む熱量ある演技が絶賛を受けている。
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また、『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシクがソウル市長を演じた『ザ・メイヤー 特別市民』(17)ではSNS世代の感性が気に入られ、広報担当としてスカウトされる“働き女子”に。同作には、スクープのためなら権力にすり寄り、駆け引きや裏切りもいとわない女性記者が登場していたが、『新聞記者』の吉岡エリカはその対極にあるキャラクターといえるだろう。
シム・ウンギョン、松坂桃李は「同じ俳優として羨ましい」
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日本の映画初主演に、「とにかく、普通に働いている新聞記者を、どうしたらリアルに描けるかしか考えていませんでした」とシム・ウンギョン。「実際に新聞社を見学させてもらって、猫背だったり細かい生活習慣の特徴を捉えたり、海外のジャーナリズムをテーマにした映画も参考にしました。そこで普通に働く人物を描きたかったんです」と語る。現場でも監督と密に相談していったそうで「時間の進行によって変化する吉岡の心理も大切にしました」と明かす。
「緊張感が漂っていました」という撮影現場。「孤独な時間が多い吉岡ですが、新聞社の現場は北村(有起哉)さんと岡山(天音)さん、郭(智博)さんがチームとして支えてくれた貴重な時間で、一言ではいえないですが暖かく守られているような瞬間が何度もありました」と打ち明ける。「細かい芝居のキャッチボールもできて嬉しかったです。北村さんの明るいエネルギーで笑わせてくれて気持ちが楽になり、全体のチームワークで柔軟性のあるシーンになったと思います」。
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そして何より、日本のトップ俳優・松坂桃李との共演は刺激的だった様子。ドラマ「ゆとりですがなにか」も観たことがあるそうで、「好きな役者さんでしたので、共演できることを聞いて嬉しかった」と言う。「松坂さんは一つの作品に入るとそれしか考えられないというような集中力が、同じ俳優として羨ましく、芝居に対する姿勢に刺激を受けました」。
さらに「演じることはすごく難しいことだと今も悩んでいます」と意外とも思える告白が。「子役のときは技術がなくて、直接感じたものを直接出す“生の芝居”をしていました。キャリアが増えていって、生の芝居だけだと更に深い表現ができないと知って、自分の芝居に悩んだ時期もありました」というのだ。
「今も自分の中で正解は見つからないけれど『新聞記者』を通してほんの少しだけ分かってきた気がします」と語る彼女。本作を経て、“演じる”ことにいっそう貪欲になったに違いない。
『新聞記者』は公開中。