本来であればNが自分の担当である新聞雑誌媒体の記者さんたちを現場に連れてくる手筈だったのですが、仕方なく撮影現場の方にいた自分が記者さんたちの所まで行って現場へとご案内するという形になりました。現場には崖のような場所もあったので、もしや? とNのことも心配にはなったのですが、撮影がそんな不在を待ってくれるわけはなく、ここで変に時間を費やしてしまうと大切なクランクアップの瞬間を逃してしまいます。そんなことになったら、せっかく東京から来てくれた記者さんたちにも申し訳が立たないので、ここは自分が走るしかありませんでした。結局、クランクアップの瞬間はNなしで迎えました。ただ、主演俳優の方が珍しく涙をこぼしたこともあり、結果的にはクランクアップ取材としては最高の着地点を得ることができました。取材の取れ高に満足した取材陣を控え場所にお戻しして、いやぁイイ感じでしたねぇ、これはヒットしますね、などと談笑している頃には、Nのことはすっかり頭から消えてしまっていました。その時でした。コートの中にあった携帯がブルルっと震えました。見てみたらNからメールが。時刻を見たらちょうどクランクアップのコメント撮りをしている時間帯でした。一番忙しかった時間です。ん? と思って開いてみると、そのメールにはこう書かれていました。「助けて下さい。トイレにいます。紙がありません」 まさか、こんなところでこんな形で、かつて自分が担当して世紀の大ヒットを記録したあの映画の名台詞に出会うことになるとは思ってもみませんでした。なんと撮影の合間にトイレに入ったNは、トイレットペーパーがないという不幸に見舞われ、携帯電話が繋がらない中で何とかメールで助けを求めていたのです。その状況を理解した瞬間に僕は思わず爆笑をしてしまいました。記者さんたちと皆でトイレにNを救いに行きました。トイレに行くと、すぐに個室の中からNの「すみません、すみません」というか細い声が聞こえていました。少し焦らしてから紙を投げ入れ、トイレから出てきた時のNの表情の何とも晴れやかだったことか。「助かりました」そこでトイレにまたひと笑いがこだましたのは言うまでもありません。映画の現場では実に様々なものが生まれます。(おわり)ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・-・-・-・ー・ー・ー今回の事件が起こった映画は『神さまのカルテ』(2011年)でした。続編も含めとても思い入れのあった映画でしたが、現場でも色々あって、それもとても良かったです。ちなみに、Nの放った「助けてください」は『世界の中心で、愛をさけぶ』でブームとなった台詞でした。Nの場合は「トイレの中で、紙をさけぶ」になったわけですね。