近頃、実話モノがやけに多い映画業界。イチから人の心をつかむほどの力強い物語を紡ぎあげていくことの難しさは確かにあるのでしょう。創造世界でオリジナリティを重視するならば、実話モノが多いのはいかがなものかというところですが、『それでも夜は明ける』『アメリカン・ハッスル』『ダラス・バイヤーズクラブ』のように、語られるべき興味深い実話ものは大歓迎。『あなたを抱きしめる日まで』も、その仲間です。イギリスに暮らす善良で信仰心が篤い主婦・フィロミナは、ある日、娘のジェーンに50年間隠し続けてきた秘密を打ち明けます。それは、10代で未婚のままに妊娠したこと。家を追い出され、修道院で息子・アンソニーを生んだこと。息子が3歳になって以来、彼とは一度も会えずにいるけれど、一度も忘れたことはないこと。それを聞いた娘は母親のために、偶然出会った元スター・ジャーナリストのマーティンに、取材を兼ねてアメリカに渡ったとされるアンソニーを探してほしいと頼みます。そこから、愛する息子にひと目会いたい主婦と、その記事に再起をかける落ちぶれた記者という、別世界に住む2人の旅が始まるのです。この物語が観客の共感を得るためには、まず観る者がフェロミナという人物を愛することができるかどうかにかかっています。それほどまでに息子を愛していると言うなら、なぜ生き別れを許したのか、なぜ50年間探さなかったのかなどの疑問を持たずに、その悲劇の本質を観客がすんなり受け入れるかどうかが肝心だからです。もちろん、時代背景や詳しい事情は後々分かっていくのですが、大切なのは、フェロミナが涙ながらはじめて語る際に、疑問を持たずに共感できるかどうかなのです。悲しみを抱えながらもユーモアを忘れない、オープンマインドなフェロミナは、母性を感じさせる温かな人物。ロマンス小説を好み、相手が興味を持つかどうかは構わず物語について熱く語るチャーミングな女性です。傷ついた経験を持つ者らしく、人を傷つけることは決してせず、小さなことに喜びを見出し、控えめなのに威厳は忘れず、言うべきことははっきり言う。そんな彼女を、観客が受け入れるのは決して難しいことではないでしょう。そこには、素敵な人物像やジュディ・デンチの演技に加え、フェロミナのビジュアルも大きく作用しています。愛用しているいかにも柔らかそうなパステルピンクやベビーブルーのセーター、スカーフを使ったその上品な装いを見れば、彼女が信じるに値する人物だと瞬時に理解できることでしょう。ネイビーの上着にパープルカラーの花柄スカーフを合わせたり、ブルーのセーターに濃紺のベストを合わせたりする色使いも素敵。服装がその人のすべてを語るわけではないし、外見だけで人を判断するべきでもないでしょう。でも、フェロミナの“衣裳”には、彼女が悲しみも喜びもある人生を誠実に生き抜いていきたことが表現されているのです。理不尽な人生を決して誰かのせいにせず、悲しみを抱きながらも、怒りで人生を台無しにすることのなかったフィロミナ。いつもきちんと身なりを整えている誠実で温かな母親像は、彼女を演じたジュディ・デンチの名演もあって、終演後、いつまでも瞼の裏に残るのです。