良く知っていると思っていたのに、ちっとも知らなかったことに気がつきました。映画『かぐや姫の物語』を観るまでは――。日本人にとってファンタジーの原風景でもある「竹取物語」ですが、巨匠・高畑勲監督独自の解釈により、現代人でもじっくりと楽しめる、味わい深い大人の物語へと姿を変えたと言ってもいいのかもしれません。諸説あるようですが、誕生したのは平安初期とか。成立年、作者ともに未詳なため、物語自体にも謎が多いことでも有名です。かぐや姫は月世界で犯した罪を償うために、地上に下ろされたとされていますが、どんな罪を犯したのかは言及されていません。いわば「竹取物語」最大の謎とも言えるその部分にも斬り込んで、腑に落ちる物語として提示したのが高畑監督の最新作。面白くないはずがありません。本作では、日本人なら馴染みのあるこの物語が、作品が生み出された時代の空気感を今に伝えるかのように、毛筆調で描かれています。人の手の温かみと、物語がもつ神秘性を同時に感じさせる画調は、“余白の文化”の美を存分に感じさせてくれるのです。なかでも多く登場する高価な衣の華やかさには驚くばかり。高畑監督の作品は、御存じの通り、情報量の極めて少ない引き算の画が特徴です。細い線の繊細な動きが、驚くほど表情豊かなシーンを繰り出していく。例えば、かぐや姫のために翁が用意した高価な衣が披露される場面や、姫が十二単を着せられていく場面、十二単を一枚一枚脱ぎ捨てながら疾走する場面などは特に秀逸。美しい布が風になびく様子、薄い布が一枚一枚重ねられ重量を増していく様子、脱ぎ捨てられた衣がひらりと地面に落ちる様子などを、最小限の線で表現していくのです。ちなみに、十二単とは俗称で、高貴な方々が着ている衣を重ねたものは、五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)というのが正式名称。色の重ね方、組み合わせ方には決まりがあり、季節や状況に応じてその決まりを守ることになっていたそう。これを守らないとセンスが悪いとか、マナー違反だとか、言われていたようです。かぐや姫には、優秀な教育担当がついていましたから、きっちりと着こなしていたことでしょうね。さて、話を元に戻しましょう。考えてみると、日本人は昔から、極めて少ない線で豊かな自然、艶めかしい女性、活気ある町を描いてきました。その魅力は、最近話題となった江戸の絵師・伊藤若冲などの作品を観ても分かること。高畑監督の作品を観ていると、そんな日本を代表する“美の系譜”の延長線上にいる人なのだなとつくづく思います。観る者の想像力を刺激しながら、驚くほど多くのドラマを生み出す、巨匠たちの曲線。それらが作り出す豊かな世界は、描く者と観る者とが幸せに対話を行っているから成立するもの。こんな豊かな日本らしい世界は、後々まで残していきたいものですね。そして、いつまでも、そんな世界を楽しめる日本でありたいものです。
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