変わりやすいものの代表格といえば、女心と秋の空。今月は、揺れ動く女性の心を見事に描写した作品をご紹介しています。第二弾は、『あの日、欲望の大地で』。この作品、静かな語り口なのに、心を揺さぶるほどの激しさと切なさがじんわりと身にしみる秀作です。監督は、『アモーレス・ぺロス』、『21グラム』、『バベル』の脚本家ギジェルモ・アリアガ。繊細な人間心理を描く巨匠、待望の監督デビュー作です。彼のもとに集まったのは、シャーリーズ・セロンとキム・ベイシンガーという2人のオスカー美女。母、娘、そしてその娘という三世代に渡る女性たちの物語です。キムが演じるのは、母、妻としてよりも、女として生きることを選び、その果てに死ぬことになる母親。そんな母の姿を思春期に目の当たりにし、それゆえにとある過ちを犯し、それゆえに愛を遠ざけながら孤独に生き続ける娘をシャーリーズが憂いたっぷりに演じています。2人のうち、より多くの人が感情移入しやすいのは母親の方かもしれません。ある引け目を抱え、それゆえ一度は女性としての悦びを諦めますが、それを再び手に入れたことで、不倫愛に没頭していく女性の姿を妖艶に体現しています。結婚したり、子供ができたりすると、“○○さんの奥さん”とか“○○ちゃんのお母さん”と呼ばれるようになり、女として一種のアイデンティティ・クライシスを経験する人もいるようですが、この母親の場合は、もっと根が深い。その“根”をここで明かすわけにいかないのが申し訳ないのですが、女性なら誰もが考えさせられる事情により、ある種の絶望を抱いているのです。そこで見つけた希望の光が、不倫愛だったとしても誰が彼女を責められるかという気分になるもの。この辺のデリケートな感情を、メロドラマのように陳腐にすることなく、女の宿命による愛の物語の一部として描ききるあたりは、さすがアリアガ氏です。もうひとつ、貴重な女性心理の描写が登場しているのですが、それが、シャーリーズが演じる娘の心理。行きずりの情事を繰り返し、それでも心は頑なに閉ざしたまま。愛を避けるように生きてきた結果生まれた心の隙間を、身体だけの関係で埋めようとするのです。このあたりは、誰もが理解できるわけではありません。それでも、娘時代に経験した壮絶な愛の原体験ゆえに、それなしで生きようとしてきた彼女が、一度は手放した愛を取り戻そうとするまでの心の動きは、説得力たっぷり。複雑な女性心理の描写が丁寧に幾重にも繰り返されているので、心の傷と、そこからの再生へのドラマに引き込まれていくのです。たとえ、身体でものごとを解決しようとする女性に反感を持つ人が観たとしても、決して無下にはできないはずです。アリアガ監督は、つらい過去を背負い、自らの感情を押し殺してきた娘を、控えめで最小主義的なアプローチで演じたシャーリーズに「この手の作品は簡単にメロドラマ化されたり様式化されたりしてしまいがちだが、シャーリーズは単純化することなく演じてくれた」と賞賛を贈っています。そして、4人の子を持つ主婦ながら情事に溺れる母親を演じたキムについても「頭と心で起こっていることの矛盾を具現化してくれた」と絶賛しています。これまでのアリアガ脚本作品と同様、複数の物語が平行して描かれ、過去と現在が交差し、ある種の謎に包まれているこの作品。まるで、心理ミステリーを読み解くようなこの物語の終わりには、心が熱くなるような謎解きが待っています。観終わった後も、彼女たちの儚く切ない感情に支配されてしまい、しばらくぼんやりしてしまうかも。運命に翻弄され、自らも周囲を翻弄する宿命の女たち。揺れ動く彼女たちのドラマで、秋の夜長をしっとりと過ごしてみては?