『ヴィデオドローム』『ザ・フライ』など、人間生理を逆なでする性や暴力を描かせたら右に出る者のいないD・クローネンバーグ監督ですが、今回は彼らしい過剰さやグロテスクさはなりを潜め、バイオレンス・シーンにありがちな派手なアクションや劇的な効果はほとんどありません。強盗に襲われたヴィゴ・モーテンセンは、あたかもご飯を目の前にして箸を持つように、人間を前にして銃を撃ちます。しかし、正当防衛だろうが犯行だろうが暴力は暴力です。クローネンバーグの乾いた描写は暴力の本質を淡々と見せつけます。ラストの問いかけるようなヴィゴの目、それを受けるマリア・ベロの顔…。責めることはできない、でも許すこともできない。その正直さこそが愛なのではないでしょうか。
『LOTR』三部作での英雄的イメージが色濃く残るヴィゴ・モンテーセンだが、本作で彼は苦悩と悲哀に満ちた過去を秘める主人公を、怪演とも言うべき表情、存在感で演じきっている。家庭的な父親として片田舎のダイナーを切り盛りする姿は、一見幸せの理想像に見えるが、その横顔に一寸の闇を感じさせるのは、鬼才と呼ばれる監督の演出を超え彼の演技がシーンに溶け込んだ結果だろう。作品のテーマはとても深い。観賞を終えると僕は少し悩んだ。暴力がえぐり出す本当の痛みとは? 銃弾、返り血、強盗、殺人…ひどく明らかに描かれた風景に惑わされてはいけない。たとえば、許し難い罪を隠し続けるということ。あなたのなかに在る歴史が、この映画に暴力を感じさせるだろう。
いい。この映画はとってもいい! 『君とボクの虹色の世界』は、人と人との直接的な関わりが希薄になってく現代だけれど、実はパソコン、携帯電話、TVの向こう側にも、必ず人間がいる…そんな希望を抱かせてくれる、とってもキュートな作品です。カラフルで華やかなヴィジュアルいっぱい、かわいいシモネタも満載で、なかなかアート系の根性を感じさてくれているこの作品。どんな人が作ったのかと思いきや、監督はデザイン、映像、執筆など、ユニークなクリエイティブ活動が話題の女性アーティスト、ミランダ・ジュライ。ポスト・ソフィア・コッポラと呼ばれている彼女だけれど、“キミボク”で長編監督デビューを果たしたおかげで、ますますその呼び声が高まっています。
最近はニュースを憂鬱になるような話題ばかり。もうすぐ春が来るというのに、こんなことじゃいけません! そこで、3月のコラムでは、元気を運んで来るような“幸せになれる映画”をご紹介。満開の桜を待つように、心をうきうきさせてくれる取って置きの作品、その1本目は、『プリティ・ウーマン』『プリティ・ブライド』のゲイリー・マーシャル監督が、新ロマンティック・コメディの女王ケイト・ハドソンを迎えて完成させた『プリティ・ヘレン』。ファッション業界で活躍する敏腕モデル・エージェントのヘレンが主人公です。華やかな業界で忙しい毎日を送っていた彼女が突然直面した姉の死。そして、子育てとは無縁だった彼女が、姉が遺した3人の子供たちと共に、新しい生活の中で成長していく姿を追っていきます。
どんなに純粋でも、子供でも、いきなり「ボストンマラソンを優勝してみせる!」という考えは最初あまりにも無謀な気がしましたが、ラルフのひたむきさは次第に「もしかしたら…」と信じさせてくれます。絶望的な状況に陥れば、誰だって何かにすがりたくなるもの。それでも彼はひたすら前向きに、自分で何とかしようとします。だからといって、決して楽天的にこの目標に挑んだわけではなく、その裏には大きな、大きな不安が見え隠れしています。ラルフが走り続けるのは、きっと自分の足を動かしていなければ、どんどん孤独に呑み込まれてしまうという恐怖にかられていたからでしょう。実話ではありませんが、こういう奇跡もあるかもしれない、最後はそう思わせてくれる、力のある一作です。ハンカチは必須。
お父さんは戦死、お母さんは入院中。孤独な境遇にいながらも、ちっとも腐らず毎日を楽しんでいる、ラルフの真っすぐなやんちゃっぷりがすばらしい! 入院中の母親が昏睡状態になり、「ボストンマラソンで優勝すれば、お母さんは目覚める」という奇蹟を信じてランニング練習開始。予想できる展開なのだけど、やっぱり子ども特有の一途さは忘れていた何かを思い出させてくれる。人の心を動かすことができるのは、いつだってこんな純粋なひたむきさだ。印象的だったのは、ラルフが親友とけんかして言い放つ「危険なんて冒したことないだろ!」という一言。リスクよりも好奇心を、彼はいつも優先してきた。だからなのだ。見ていて清々しい気持ちになったのは。奇蹟は起こるのでも、起こすのでもなく、追うものだと、ラルフは教えてくれる。私はまだ、奇蹟を追いかけたことがないのかもなぁと思った。うんにゃ、これからさ!
いよいよ近づいてきたアカデミー賞授賞式。あとちょっとで結果がわかる…それはわかっているけれど、つい賞レースの成り行きを予想してしまうのが映画ファン。でも、毎年、日本未公開&日本公開待機作品や、それに関連する人々が多くノミネートされているので、一般の映画ファンにとって予測はとても難しいもの。そこで今年は、「私はこの人に賞を獲って欲しい」という願望を込めて、お気に入りの人物を見つけてみるなんていかがでしょう。
アカデミー賞の結果が気になるこの季節。でも、洒落のわかる人にとっては、もっと楽しみなのがラズベリー賞かもしれません。今や、“秀作の祭典”アカデミー賞と対を成す、“駄作の祭典”ゴールデン・ラズベリー賞。誰かがおふざけでやっているのかと思いきや、いえいえそうではありません。世界8カ国のジャーナリストや映画評論家ら、ゴールデン・ラズベリー賞財団の会員約500人が関わっている本格的で真剣なおふざけ。だからこそ、なるほどと笑える結果が生まれるのです。
『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本をつとめたポール・ハギスの初監督作品です。前作に引き続き、心の内に流れる深い感情がうまく描かれています。普段、生活の中で表現している自分は、決して100%の自分ではないはずで、人は窮地に追い込まれると思わぬ感情や行動に出てしまう。物語は、家族との確執や恋人への愛、人種差別といった、ひとことで片付けられない多くのテーマを巻き込みながら、人同士の運命の糸を紡ぎはじめます。マット・ディロンや、サンドラ・ブロックなど豪華キャストの面々が登場しますが、彼・彼女が持つ今までのイメージと違った「苦い部分」が演じられているところも見所のひとつ。個人的には『ホテル・ルワンダ』以来、困り顔のドン・チードルから目が離せません!
昨年全米公開され数々の映画賞を受賞した前評判のよい作品ですが、日本でも早くも今年No.1の呼び声が高い話題作です。サンドラ・ブロックやドン・チードルなど有名ハリウッド俳優が多数出演しているにも関わらず、意外にも華やかさは全くありません。しかし様々な人間関係が悲しく絡み合うストーリーには、誰もが心を動かされるはず。特に、つい理想論で語られがち人種差別問題を、リアルに包み隠さず描いているところには思わず目をそむけたくなり嫌気さえ感じました。結局、人は誰もが心に不安をかかえ、ぶつかりあい、それでも生きていく…。その静かなメッセージに圧倒され、観終わった後はしばらく言葉を失いました。アカデミー賞の行方が気になりますね。
本作は、黒人の青年、刑事、雑貨経営者、鍵屋、ある2組の夫婦……一見、何も繋がりのない人々に、実は接点が! という『ラブ・アクチュアリー』や『大停電の夜に』に共通する"人はどこかで繋がっている"をテーマにした作品です。ただ、この『クラッシュ』は、些細なきっかけで生まれる悲しい暴力の連鎖を全面に出している点で、他の作品とは一線を画しています。様々な人種が溢れる街、ロサンゼルスの36時間に起きる出来事──そこに詰まった痛みと愛にグッときます。同タイトルということもあって、つい、クローネンバーグ監督のちょっぴり(?)異常な『クラッシュ』を思い出してしまったけれど(笑)、本作は現代人の叫び声を描いたヒューマン・ドラマ。ぶつかり合いながらも人は触れ合いを求めているんだなと考えさせられました。
今年は、日本時間の3月6日に発表となる第78回アカデミー賞。2月1日には、待望のノミネート発表が行われました。
今年は、日本時間の3月6日に発表となる第78回アカデミー賞。去る1月31日、すでにノミネート発表が行われましたが、詳しくは来週お伝えするとして、今週は気になる授賞式ファッションを予測します。