一般社団法人Japanese Film Project(以下JFP)は、映画制作現場の労働環境改善を目的にした調査「日本映画業界における労働実態調査2022- 2023」を実施、調査結果を3月13日に発表した。
JFPとは、日本映画業界のジェンダーギャップや労働環境を検証、課題解決のための調査と提言を行う非営利型の組織。今回の調査は、広く映画業界の実態を把握し、これまで不透明だった現場の人々の声を可視化、現場の人間の意見を広く伝える回路を創出し、改善に向けた提言に繋げることを目的に行われた。
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調査期間は2022年3月26日から6月30日、Webアンケート方式で行われ、有効回答者数は685名となった。さらにアンケート結果を集計するだけでなく、弁護士や臨床心理学者、社会学者など専門家の分析も合わせて寄稿されている。
調査から見えてきたことは、映画業界のジェンダーバランスの偏りだ。本調査の回答者は「40歳以上の女性」と「就業経験10年以上の女性」が極端に少ない、それとは対照的に「40歳以上の男性」と「就業経験10年以上の男性」が多いと指摘。この回答結果自体が、業界のジェンダーバランスの悪さを物語っていると言えそうだ。
また、回答内容も回答者の属性によって傾向が異なるという。女性回答者は自身の労働現場での被害や親しい友人の被害を具体的かつ詳細な記述が多かったが、40代以上の男性回答者からは、被害を疑う記述や「以前は(パワハラなど)はあったが、昔のこと」として記述する傾向がみられたとのことだ。同じ業界に身を置いていても、属性によって体験が異なり、見えている状況も違うことが伺える。
アンケートには性被害を受けたというコメントが多数寄せられたという。「飲み会に呼び出され、年配のスタッフの隣に座らされ体をずっと触られた」などの性被害、また「ブスやデブ、この仕事に女はいらない」など性差別的な発言を受けたという具体的な記述が多くみられたとのことだ。
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また、俳優からは性的シーンの強要があったというコメントも寄せられている。
明らかな違法行為が多いにもかかわらず、被害者が個人で声を上げることは難しいことから、弁護士はこうした行為を防止するために業界全体で学ぶ機会を儲ける工夫が必要だと指摘。性的シーンの強要などは、契約違反にあたるため、本来なら損害賠償を請求できる可能性もあるというが、契約者が存在しない場合は難しいケースもあるため、事前に契約を交わしておくことが重要である。また、個人事業主が多い業界であるため、それらの人々を保護、パワハラを防止するための立法が必要だと訴えた。
さらにハラスメントや性暴力の他にも、低賃金の問題や若手の人材が少なくなっていることへの危機意識もアンケートにみられるという。
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「予算がないからが常套句になってしまっていて、現場のスタッフが不眠不休で働かざるをえなくなっている」という意見が寄せられ、長時間労働が常態化している実態が浮き彫りになっている。
また、回答者のほとんどが就業時間ルールの導入に前向きだという。さらに、低賃金問題についても、自分の賃金が少ないと感じる回答者が70%を超えているとのこと。今後は、妥当な賃金の水準を定めていくことも課題に挙げられている。
人材育成の問題についても言及されている。低賃金や労働環境を改善しないと映画業界を志す若い人がいなくなるのではといった危惧を訴えるコメントも多数あったとのことだ。
回答者からは、労働組合や被害にあった際にすぐに相談できる第三者機関の設置を臨む声が多く寄せられている。法律上、フリーランスには団体交渉権がないため、立法の観点からもフリーランスの組合結成が法的に認められる必要があるだろうと弁護士は分析。
また、映画制作中に発生したトラブルをすぐに対処してくれる窓口がないため、プロデューサーなどに相談しても、映画完成まで対処されず、そのまま泣き寝入りになるケースも多いという。JFPは調査結果に、現在利用可能な相談窓口の一覧を添えているので、必要な人は現状、これを参照してほしいとのこと。また、JFPは来月から施行される映画制作適正化機構(以下:映適)にも賛同している。しかし、アンケートでは映適について「知らなかった」と回答する人が多く、映適自体の認知度自体が低いことが浮き彫りとなっている。
映適は、経産省と日本映画監督協会などの業界団体と議論し、その内容を検討しているが、そもそも映画業界の団体に女性理事が少ない。また、俳優、助監督、制作などは職能団体が存在しないため、そうした職種が女性、若いスタッフの声が充分に反映されていないことも危惧される。
調査のまとめ
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こうした、諸問題に対応するためには、必ず予算の問題がついてまわる。JFPは、海外の事例としてNetflixなどの多国籍ストリーミングに財政的貢献を求める法の導入が進んでいることを紹介している。
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すでに欧州ではかなりの国で導入が進んでおり、これを財源に映画産業への様々な投資を行っているという。
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こうした法の導入が欧州で進んでいる背景には、ユネスコの「文化的表現の多様性の保護及び促進関する条約(文化多様性条約)」に批准していることがあるという。この条約は、文化クリエイティブ産業を活力があり、強力なものとするべく支援するための政策や措置を導入する各国の権利を定めており、2005年に発行された。現在、152ヶ国が批准している。アジアでも中国や韓国は批准しているが、日本は批准していない。
回答者からも実施してほしい調査や活動に関して、多数の声が寄せられているという。JFPは、今後もこうした調査を継続していくとのことだ。
▼労働実態調査の詳細
タイトル:日本映画業界における労働実態調査2022-2023
有効回答者数:685名 調査期間:2022年3-6月詳細:https://note.com/jpfilm_project/n/nf22c03349cda
目次
02 調査概要
03 調査目的と背景・性的マイノリティーに関して
04 調査から見えてきたこと
05 SECTION_01 調査データの代表性ー回答者の属性・偏り〈仲修平〉
07 SECTION_02 性暴力・ハラスメント〈法的観点から〉
14 SECTION_03 映画制作適正化機構について〈法的観点から〉
26 SECTION_04 契約書に明記すべき情報〈法的観点から〉
31 SECTION_05 性暴力・ハラスメント〈齋藤梓〉
44 SECTION_06 今後求められる調査〈仲修平〉
46 相談窓口一覧
分析執筆者
齋藤梓 /目白大学心理学部心理カウンセリング学科 准教授(心理学、臨床心理士、公認心理師)
仲修平 /明治学院大学社会学部准教授(社会学・社会階層論)
弁護士 新村響子 /旬報法律事務所所属 /日本労働弁護団常任幹事
弁護士 上田貴子 /自治労法律相談所所属/日本労働弁護団女性PT座長
弁護士 大久保修一 /旬報法律事務所所属 /日本労働弁護団常任幹事、日本労働弁護団東京支部事務局長
弁護士 市橋耕太 /旬報法律事務所所属/日本労働弁護団常任幹事、同事務局次長
弁護士 山岡遥平 /神奈川総合法律事務所所属 /日本労働弁護団常任幹事、同事務局次長
弁護士 中村優介 /江東総合法律事務所所属