ここ数年、毎年6月は、「プライド・マンス(Pride Month)」であることが、ようやく広く知られるようになってきた。LGBTQ+の権利獲得運動の象徴的な事件がニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあったゲイバー「ストーンウォール・イン」で起きたのが、1969年6月28日未明のこと。それにちなみ、毎年6月最終日曜日にパレードが開催されるようになり、この週を「プライド・ウィーク(Pride Week)」、6月をプライド・マンス(Pride Month)と呼ぶようになった。
もちろん今年も、6月の最終日曜日には毎年恒例の、LGBTQ+の権利、文化、コミュニティーへの支持を示すパレードが、アメリカを始め、日本を含む世界各国で行われた。そこで、シネマカフェでは、「プライド・マンス」にちなみ、人間の多様性を感じられる映像作品をご紹介したい。
まずは、ディズニープラスにて配信中の『ファイアー・アイランド』から。舞台は、アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドの南側に位置する人気のリゾート地。古くから「ゲイの楽園」として知られる島だ。
毎年、この島に別荘を持つ友人エリンの家に仲間と集まるノア。ところが、到着していきなり、彼女が破産したことを知り、今年限りで家を手放すと告げられる。突然の知らせに驚くノアと4人の仲間たちだが、皆で過ごす最後の夏を思い切り楽しもうと決め、ポジティブに1週間の休暇をスタートさせるのだった。
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物語の軸となるのが、親友で奥手のハウイーに理想の恋のお相手をあてがいたくてうずうずしているノアのお節介ぶり。ハウイーが意気投合した医師のチャーリーと“目的”を果たすまでは、「自分もしない!」と意味不明な決意を表明するのだが、やがて自分にも気になるお相手が。だが、お高くとまったその人とは会えばケンカばかりで…。と、ここまで来ると思い出すのが、ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」だ。実際に、この名作にインスピレーションを得たという本作は、今はもうあまり作られなくなってしまった良質なラブ・コメディと青春サマーストーリーのDNAを併せ持つ一作と言える。
冒頭では、島に向かうフェリーで友人たちが再会する場面が描かれるが、そのテンションの高いこと。一夏のアバンチュールに向けた期待と、サマーバケーションゆえの解放感がこれでもかというほど伝わってきて、観ているこちらまでワクワクしてくる。終始とにかく華やかで陽気。パーティや恋にかまける大人たちのご乱心ぶりは、コロナ禍の閉塞感すら吹き飛ばすほどの勢いだ。この島の中では、差別もヘイトもなし。誰もがオープンに、ありのままの自分をさらけ出せるのだろう。
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ストレートフォワードなマシンガントークに大笑いしつつも、島の外にある現実世界では、いろいろな悩みに直面していることも想像させる血の通ったキャラクターたちが実に魅力的だ。恋の悩みには、時代も性別も関係ないのだなと、つくづく感じさせられる。深刻になりすぎることなく、ゲイカルチャーを身近に感じることの出来る本作だが、刺激的なシーンも多いので、一緒に見るお相手にはお気をつけて。でも、見終わった後は、ハッピーになれることだけは間違いない。
一方で、LGBTQ+の人々が抱える葛藤や、社会の不寛容について真正面から取り組む映像作品も多く作られている。『ボーイズ・ドント・クライ』は、女性として生まれたものの性別違和があり、男性として暮らすブランドンの人生を描いた実話を基にしたドラマだ。
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いじめが原因で生き辛さを感じていたブランドンは、故郷を離れてネブラスカ州フォールズ・シティに移り住む。そこで荒くれ者たちと知り合い、仲間の一人、ラナと恋仲に。二人でメンフィスに引越し、幸せに暮らしていたのもつかの間、ブランドンが昔起こした事件により逮捕・拘留されてしまう。それにより、秘密は暴かれ、人々は態度を一変させる。そして、残酷な事件へと発展していくのだ。
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あまりにも痛ましい事実から受け取れるのは、私たちが知らずに持ってしまう偏見や歪んだ正義感が、誰かの「本来の自分でいる権利」を奪っていることに気づくべきだというメッセージ。第72回アカデミー賞主演女優賞に輝いたヒラリー・スワンクの繊細な演技によって、ブランドンのように人知れず苦しむ人が確かにこの世界にいること、自らの抱く違和感を理解されない辛さ、愛する人にすら隠し事をしながら生きる痛み、好きな人々にすら蔑まれる恐怖などがひしひしと伝わってくる。
自分が消化できないことがあるからと言って、ヘイトに走る、差別に走る。そんな不寛容こそ、相互理解を阻む高い壁だ。周囲の態度に、密かに傷つくブランドンを観て、自分たちの内側にこびりついている偏見や、気づかないうちに行っている差別について、再認識させられる人も少なくないだろう。映画の基になっているのは、1993年に発生したヘイトクライムだ。このような事件が今も存在する一方で、社会が変わりつつあることを感じさせてくれるのが、Netflixで配信されている、「ハートストッパー』と、「ファースト・キル』のような作品だ。
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「ハートストッパー」は、英国のボーイズスクールで展開される、キュン盛り盛りのヒューマン・ラブ・コメディ。学内でゲイであることが知られていて、ことあるごとにからかわれているチャーリーと、クラスで隣に座ったラグビー部のスターであるニックが、思いがけず意気投合し、やがて友情以上の特別な感情を抱き始める様子を、甘酸っぱく描く。イギリスの男子校が舞台の恋愛ドラマといえば、耽美的かつ背徳的に英国の名門ボーディングスクールでの恋を描いていた『モーリス』や『アナザー・カントリー』が有名だが、ラブ・コメディとして男子同士の恋がごく日常的な物語として描かれているのを見ると、少しは世界が前進しているのかもしれないと期待してしまう。
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本作が魅力的なのは、ストレートだと信じて疑わなかったニックが、チャーリーへの好意をきっかけに、本当の自分に気づく様子が克明に描かれている点にもある。今だからこそ、自分の性に不安を持った彼がネット検索してしまい、ますます不安定になっていく姿は見ていて切ない。だが、「チャーリーにキスしたい」という感情を抱いた自分自身への驚き、恐怖、そしてそれでも止まない胸の高鳴りによって、本来の自分へと導かれていく様は、きっと多くの人に勇気を与えるに違いない。そんな彼を見守る母親役のオリヴィア・コールマンの暖かさにも感涙必至だ。
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ニックのお相手であるチャーリーも、根暗なオタクなどではなく、足が早かったり、ドラムが上手かったりと、ステレオタイプ的ないじめられっ子ではないのも、とても自然でいい。良き理解者である親友もいて、周囲にはレズビアンや、女子校へ転校したトランスジェンダーの友人もいる。本作が秀逸なのは、ありがちな十代の日々の中に、多様性にまつわる様々な社会問題、エピソードを自然に織り交ぜて描いているところ。それゆえ、幅広い層に支持されているのだろう。
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原作は、世界23か国以上で翻訳されているイギリス発のベストセラー青春コミック「HEARTSTOPPER ハートストッパー』。第25回文化庁メディア芸術祭、マンガ部門 審査委員会推薦作品に選出されているので、こちらもぜひ。Netflixでは、続編の制作がすでに決定している。
最後にご紹介する「ファースト・キル」は、初めての狩りを目前にしたティーンのヴァンパイア、ジュリエットと、初めてのモンスター退治を待つヴァンパイアハンターのカリオペが、互いの立場を知りつつ惹かれ合う姿を描いた、サスペンス・ホラー仕立ての恋愛ドラマだ。
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吸血鬼と人間の恋という設定から『トワイライト』シリーズ、ヒロインのどちらもがその筋では一目置かれる名門の出であるというところから「ロミオとジュリエット」を思わせる宿命のストーリー。ヒロインの一人が、ジュリエットという名前なのも、互いの家の壁をよじ登って合いに行く描写があるのも、きっと偶然では無いのだろう。
本作に新しさを感じるのは、両親が二人の恋を反対する理由が、「同性同士である」ということでも「異文化間恋愛である」ということでもないという点だ。ドラマの中でも、この偏見は一切問題にされていない。学校でも二人を冷やかす輩はいないし、周囲にもカムアウトしたLGBTQ+の人々が当たり前にいる。ここには、一種の理想郷が展開しているのだ(モンスターはいるのだが)。LGBTQ+差別や人種偏見がない世界で二人に立ちはだかるのは、ヴァンパイアとハンターという、殺るか殺られるかという違いのみ。だが、実はこれこそ最も根が深い差別の一種だ。互いを極悪非道と呼び合う家同士の争いは、人間社会に蔓延ってきた戦争の忌まわしさを思わせる。ヴァンパイア作品の鍵となる「血」「血統」というモチーフが「民族」を想起させることからも、立場や価値観の異なる者を徹底的に排除しようとする人間の性を象徴していて、ティーンヴァンパイアドラマと言えど、深い闇も抱えた一作と言えるだろう。
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また、CGを駆使したアクションシーンも派手で見応えがある。ヴァンパイア作品につきものの、官能シーンもたっぷりで刺激的だ。ファースト・シーズンはかなり切ない終わり方をしているが、果たして両者に共存の道はないのか。ジュリエットとカリオペの恋が世界に予想外の波乱をもたらし、登場人物たちの価値観を大きく揺るがす中、二人が“常識”をどう変えていくのかが見もの。恋は最強だというところをぜひ見せてもらいたい。
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日本ではボーイズ・ラブ=BL、ガールズ・ラブ=GLとして、一部の読者向けに確立されたジャンルの物語とも言える2作。だが、もはやジャンルや視聴者を限定することなく、広く楽しまれる作品として同性同士の恋愛ドラマが制作されていくことは、多様性ある社会を育てていく意味でもとても重要なことだ。
いつでも、どこでも、誰もが誇りを持って生きられる世界、そして自分らしく生きる権利を声高に叫ばなくてもいい日が、近いうちに来ることを祈って。