「愛の重さの狂気が増した」「色気がえげつない」「耽美さがより引き立っていた」ーー。『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』で史上最悪の“黒い魔法使い”グリンデルバルドを演じたマッツ・ミケルセンには、そんな感想がSNSに上がり続けている。
前作のジョニー・デップがグリンデルバルドになりきるべく、特徴的なブロンドのヘアスタイルとオッドアイで“大変身”したことに比べると、マッツはマッツそのまま。しかし、彼が演じることでアルバス・ダンブルドアへの恋慕を秘めながら、残酷さと危うさ、人を惹きつけるカリスマ性を有したシリーズの重要人物がより立体的になり、新たなファンを続々と増やしている模様だ。そこで、マッツにますます恋するに違いない代表作をピックアップした。
魔法ワールドファンの心をガッシリとつかんだ
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「より大きな善のために」。若き日はそう思いを1つにし、お互いが魂の片割れのような存在だったグリンデルバルドとダンブルドア(ジュード・ロウ)。デンマーク出身のこの闇の魔法使いをマッツが演じると決まった際、ファンは歓喜したが、マッツは「チャンスがあれば、ジョニーと話がしたかった」と明かしていたように、まったくの手探り状態でグリンデルバルド役に挑むことになった。
そして、演じるにあたって大事にしていることは「ジョニーの演技をコピーしないこと」とも語っていたマッツ。先日のシネマカフェ・インタビューでも「どう演じたらいいか、答えをずっと探し続けるのが俳優の人生」と語っていたが、今作冒頭のわずかなシーンから、すでに“正解”は出ていたように思う。ダンブルドアに対し「まだ愛している」という未練を一瞬の柔らかな表情で示し、魔法ワールドファンの心をガッシリとつかんだように、自らの正義を盲信しながらも決別したダンブルドアを諦めきれないグリンデルバルドの複雑さは、マッツが演じてくれたからこそ際立ったといえる。
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デンマークからヨーロッパ、ハリウッドと大活躍
マッツは1965年11月22日、デンマーク・コペンハーゲン生まれ。体操選手を経てプロのダンサーとなり、その後、オーフス国立劇場の演劇学校で3年間で学んだ後、ライアン・ゴズリング主演『ドライヴ』でも知られる盟友ニコラス・ウィンディング・レフン監督と組み、『プッシャー』(96)で長編映画デビューした。1つ年上の兄ラース・ミケルセンも俳優として活躍している。
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レフン監督の『ブリーダー』(99)、同じくデンマークのアナス・トマス・イェンセン監督の『アダムズ・アップル』(05)や、スザンネ・ビア監督の『しあわせな孤独』(02)『アフター・ウェディング』(06)などに出演しながら、2004年の『キング・アーサー』でハリウッドに進出。そして『007/カジノ・ロワイヤル』(06)で血の涙を流す悪役ル・シッフル役で世界的に脚光を浴び、ドラマシリーズ「ハンニバル」(13~15)でその人気を確固たるものにする。2010年には映画界への多大なる貢献が称えられ、デンマーク女王からナイト(騎士)の称号を授与された。
そして、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の『ドクター・ストレンジ』(16)で宿敵カエシリウス役、「スター・ウォーズ」シリーズのアナザー・ストーリー『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16)の科学者ゲイレン・アーソ役に相次いで起用。今回はハリー・ポッター魔法ワールドに参加したことで、「007」「MCU」「スター・ウォーズ」と大人気フランチャイズ映画の4大巨頭に出演した稀有な俳優となった。
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さらに次なる大作は、スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮、『フォードvsフェラーリ』『LOGAN/ローガン』のジェームズ・マンゴールド監督による『インディ・ジョーンズ』シリーズ第5作(2023年6月公開予定)である。第一線の製作陣がぜひとも使いたい名優、それがマッツなのだが、ニュートラルな状態で役に挑む姿勢のみならず、インタビューでのざっくばらんな語り口やラフな私服、日本のゲームデザイナー・小島秀夫との親交など、親しみやすさも人気の秘密。小島氏が監督したゲーム「DEATH STRANDING」にもノーマン・リーダスやレア・セドゥらと参加している。
「現実世界で起きていることに注意を向けられるのもエンターテインメントなら、現実逃避をさせてくれるのもエンターテインメント」(シネマカフェ・インタビューより)と語るマッツは、確かに悪役のイメージが強いが、善良な市民にも、中年の危機を抱えた教師や、喪失を抱えた軍人にもなれる。どんな役柄であっても、観る者をその映画の世界へと瞬く間に放り込んでくれるのだ。
闇社会の底辺でもがくマッツ
『プッシャー2』(2004)
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レフン監督による『プッシャー』は3部作で、2作目はマッツが演じるトニーが主役。出所して麻薬密売人(プッシャー)から足を洗おうとするも、ギャングの父親の仕事を手伝うことになり泥沼に填まっていく。後頭部に「RESPECT」というタトゥーを彫ったスキンヘッドのトニーは、どこか間が抜けている。グリンデルバルドやハンニバル・レクターのスマートさからは想像もつかないギャップ、レフンの持ち味であるバイオレンスとネオン、クラブミュージックは初期作から健在。
冷徹な悪役がハマったマッツ
『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)
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それまで1本も「007」作品を観たことがなかったというマッツは、ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの最初の悪役に選ばれ、40代で世界的にブレイク。テロ組織の資金調達や管理を行うル・シッフルは左目に傷があり、涙腺異常のために血の涙を流す、さらに喘息持ちという設定が利いている。実は彼もまた“追われる者”であり、クールで残酷ながら脆さもある悪役のイメージをマッツに植え付けた。
いわれなき誤解を受ける善良マッツ
『偽りなき者』(2012)
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マッツがカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞、作品もパルム・ドールを受賞した秀作。閉鎖的な小さな町で、いわれなき誤解を受ける離婚した孤独な男ルーカス。身の潔白を説明しようとする彼の声に誰も耳を貸さず、仕事も親友も、全てを失った彼は憎悪の渦に巻き込まれる。それに耐え忍びながら、尊厳を保とうとするマッツの葛藤の演技は必見。
コスチューム劇のマッツ
『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(2012)
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歴史物、いわゆるコスチューム劇でフェロモンを振りまくマッツを堪能できる。国王の侍医となった医師ストルーエンセが空虚な王クリスチャン7世のもとで啓蒙主義に基づく改革を行う一方、王妃カロリーネと不倫関係に…。その王妃を演じたのは、大ブレイク前のアリシア・ヴィキャンデル。デンマークでは誰もが知るという歴史エピソードを単なる恋愛映画に留まらせなかった、ニコライ・アーセル監督の脚本も高く評価された。
ダン・フォグラーに心酔されていたマッツ
「ハンニバル」(2013~2015)
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アンソニー・ホプキンスや、急逝したギャスパー・ウリエルなど複数の俳優たちが演じてきたハンニバル・レクター博士。マッツが演じたハンニバルはスタイリッシュで優雅、上質なスーツやタキシードを着こなし、悪名高い殺人鬼のイメージを塗りかえた。ヒュー・ダンシーが演じるプロファイラー、ウィル・グレアムとの関係性はグリンデルバルドとダンブルドアに近しいかも!? なお、『ファンタビ』のジェイコブ役でお馴染みのダン・フォグラーが、ハンニバルの強烈な信奉者役でゲスト出演。
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闇の魔術に傾倒するマッツ
『ドクター・ストレンジ』(2016)
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“不老不死”を追い求めるあまり、“闇の魔術に傾倒していった”ドクター・ストレンジの宿敵という点で、グリンデルバルドとも共通項が多いカエシリウス。ストレンジによって拘束されても不敵な笑みを浮かべ余裕をかましている姿や、果敢に挑んだアクションにも注目。海外ドラマ好きには“シャーロック”と“ハンニバル”の仮装競演のよう。マーベル映画の詳しい知識は不要で、初めて触れる単独作品としても楽しめる。
愛を利用されるマッツ
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)
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「スター・ウォーズ」シリーズでも悪役かと思いきや、演じたゲイレン・アーソは家族の命と引き換えに大量虐殺兵器“デス・スター”作りに加担させられた苦悶の科学者だ。その娘ジン・アーソ(フェリシティ・ジョーンズ)らが、シリーズ第1作目『スター・ウォーズ エピソード4/新たな希望』の冒頭へと希望を繋げる。こちらもシリーズをよく知らなくても、導入として楽しめるだろう。
北極でほぼひとり芝居マッツ
『残された者 ー北の極地ー』(2018)
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“北極版『オデッセイ』”ともいえそうな体感型サバイバル映画。平均気温マイナス30度の北極地帯にひとり取り残された男が、不時着したヘリに乗っていた怪我人を助けながら希望を取り戻していく。状況説明は一切なし、見渡す限り真っ白な極地で奮闘するマッツにただ心を寄せるしかない。マッツ自身「これまでで最も過酷な撮影」とふり返っている。
酔わないと何もできないマッツ
『アナザーラウンド』(2020)
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『偽りなき者』のトマス・ヴィンターベア監督と再タッグを組み、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞。仕事面でも、プライベートでも“危機”を抱えた高校教師が、3人の同僚と「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を試すべく昼間から学校で飲酒。確かにすべては好転していくが…という、皮肉も込めたビターなヒューマン・コメディ。元プロダンサー、マッツの華麗なダンスも登場する。すでに人生を諦めた大人が、卒業を間近に控えた若者を未来へと導けるわけがないのだ。
復讐のため凸凹チームを結成するマッツ
『ライダーズ・オブ・ジャスティス』(2020)
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キャリア上でも珍しい、丸刈りでヒゲ面の軍人役に。“有害な男らしさ”とも向き合う。突然の列車事故で妻を失った軍人マークスは、遺された思春期の娘との関係もぎくしゃく。そんな中、事故は故意に起こされたと言う数学者が現れ、マークスは復讐を決意。それぞれに喪失感や痛みを抱えた冴えない中年男性4人と傷ついた娘、ウクライナ出身の青年など、期せずして集まった凸凹チームによる復讐劇はまさかの展開を迎える。『アナザーラウンド』がレオナルド・ディカプリオの製作会社でリメイクされることが決定しているが、今作もハリウッドリメイクが発表されている。
カリスマ性が際立つマッツ
『カオス・ウォーキング』(2021)
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トム・ホランド、デイジー・リドリーと共演。男性のみ、その思考や想像がノイズとなって表面化する惑星で、そのノイズをコントロールする術を身につけた種族のリーダー、プレンティスを圧倒的な説得力を持って演じた。自らの罪を都合よく“上書き”し、周囲を納得させる威圧的なリーダーはグリンデルバルドを彷彿とさせる。
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』は全国にて公開中。